maruの徒然雑記帳
花の名前〜7〜
薄暗いバーの片隅で、彼女は一人静かにグラスを傾けていた。
美しい少女だった。
彫りの深い、整った顔立ち。艶やかな紅い唇。
誰もが目を引かれるであろう美貌の少女は、だがしかし、見事なまでにその存在感を感じさせない。
彼女は壁際の闇に紛れるように、ひっそりとそこに存在していた。
ただ時折、鮮やかな金髪の下から覗く緑の双眸で、鋭く店内を見渡しながら。
騒ぎが起こると、彼女はその瞳をそちらに向ける。
どんなに酔って凶暴になった男でも、彼女と目を合わせると誰もが皆一様にその動きを止めた。
まるで頭から冷水を浴びせかけられたかのように。
彼女の瞳は凍れる刃だ。
その眼差しに貫かれ、それでも平常心を保てるものなど滅多にいない。
だが、たとえばもし、その洗礼に耐え抜き、抵抗するような命知らずな強者が居たとしよう。
その者は望む、望まざるに関わらず、さらなる恐怖をその身に受けることとなる。
彼女は自分に抗する者への容赦など、全くと言っていいほど持ち合わせてはいないのだから。
向かってくる者にたいして、彼女はなんの躊躇もなく、自分の持つ武力を行使する。
エンフィールド改。
彼女の手によって様々な改造がなされたその銃は、彼女の意志のままに力をふるう。
その銃口から飛び出す銃弾に耳をそがれて逃げ出す者も、決して少ない数ではなかった。
しかし、ここ最近ではそんな輩もだいぶその数を減らしていた。
彼女がこの辺りで用心棒まがいの仕事を始めてからもう一月にもなる。
彼女という存在への畏怖心が浸透するには十分な時間だった。
だから彼女は今日も静かにグラスを傾ける。
一時間でも二時間でも、顔色一つ変えることなく。
彼女が他にすることと言えば、その冴えた眼差しを時折思い出したように店内へと向ける、そのことのみ。
だが、そんな彼女にたいして、店の持ち主たちが異論を唱えることはない。
ただそうしてそこにいることだけで、彼女は酔い路れ男たちへの十分な抑止力となっているのだから、文句の出ようはずもないのだ。
彼女を知る酒飲みは、決して薄れることのない畏怖を込めて彼女を呼ぶ。
凍れる眼差しを持つ者。
氷の女神ーと。
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