maruの徒然雑記帳
花の名前〜6〜
ーそうだった。俺は爆発に巻き込まれて…
大神はぼんやりと自分が置かれた状況を理解しはじめていた。
だが、けがのためか、ショックのためか、ゆっくりとしか物事を考えることができない。
そのことが酷くもどかしかった。
紅蘭は大丈夫だろうか、と、思う。
自分がこうしてけがを負っていくらいだ。彼女が無事であると言い切ることはできない。
もちろんこのけがには、自分がより爆心に近かったこともあるのだろうが、それでも彼女の元気な姿を見るまでは安心できそうもなかった。
我ながら心配性だとは思うけれどー大神はかすかな微笑を浮かべ、それからゆっくりと首を巡らせて辺りの様子を見た。
ただそれだけの動作なのに、体中が悲鳴を上げる。
顔をしかめ、大神はそれ以上の行動を諦めた。
早く劇場に戻らなければ、と、気ばかりが焦る。
そんな中で大神はふと思う。果たして自分は劇場へ戻ることができるのだろうか?−と。
大神がそう考えたのは決してけがのことだけが理由ではなかった。
大きな理由の一つは、なぜ自分がこんな所にいるのかと言うこと。
ついさっきまで、自分は確かに大帝国劇場の中にいたのだ。
それなのに今はこんな、まるで見覚えのない場所へ、一人放り出されている。
大神の知る限りでは、劇場の近くにこんな場所はなかったように思う。
もちろん見落としていることも考えられるだろうが、大神は自分の記憶が確かなものであることになぜか確信を抱いていた。
たぶんここは劇場の近くではないだろう。それどころか帝都ですらないかも知れない。
ほぼ仰向けに倒れているせいか、自然と目に入ってくる曇り空は、いつも見上げる帝都の空とは少し違っているような気がした。
そして通りが近いせいだろうか?
かすかに聞こえるざわめきに混じる人の言葉は、聞き慣れない、異国の響きを伝えてくる。
どこの国かは分からないが、たぶんここは日本ではない。
それにもしかしたらここは過去の世界かも知れないのだ。
もう笑うほかなかった。
こみ上げる衝動のままに大神は小さな笑い声をあげた。
自分の置かれた状況があまりに途方もなくてーそれに今の大神には、それ以外のことをするだけの体力も気力もまるで残っていなかった。
しばらくそうして笑った後ー大神は今度は力つきたようにぐったりと目を閉じた。
体が重くて仕方がない。
手も足も、まるで自分のものではないかのように言うことを聞いてくれなかった。
諦め混じりの吐息を漏らし、体中の力を抜いた。
少しだけ眠ろうー大神は目を閉じたままで思う。
と言うか、今の大神にはそれ以外のことをするだけの体力も気力も残ってはいなかった。
現状に関する不安は尽きない。
だが、今はそれを考えることも億劫だった。
現在の望みは一つ。
何も考えずに眠りたいーただそれだけだ。それ以外望むことは何もなかった。
急速に訪れる睡魔。
それに抵抗するだけの余力すらなく、大神はその甘美な誘惑に黙って身を任せたのだった。
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