maruの徒然雑記帳


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花の名前〜3〜






 その日はマリアが夕食を担当すると言うことで、一人では大変だろうから少しでも手伝いになればと大神も厨房へ向かった。

 別に他意はない。

 それが他の誰であったとしても、大神は手伝いを申し出たであろうし、本当にただの親切心からでた行為だったということははっきりと言っておきたい。

 厨房についた大神は、そこにマリアがいることを疑いもせず、軽やかにその中へと足を踏み入れた。


 「マリア、何か手伝うことあるかい?」


 にこやかにそう言った大神が感じたのは紛れもない殺気。

 はっとした大神が身構える間もなく、その頬をかすめて何かが後ろの壁に突き立った。

 それは一本の研ぎ澄まされた包丁。

 ぎこちない動きでそれが飛んできた方を見る。

 そこにはに妙に凄みのある笑みを浮かべたさくらがいた。


 「さ、さくら、君?」


 うわずった声で彼女の名を呼ぶ。


 「マリアさんなら、今、いませんけど?」


 と、彼女はごく自然に、にっこりと可愛らしく笑って言った。

 が、その目はちっとも笑っていない。


 「そ、そうか。で、そ、その、あの…」

 「なにか?」


 またまたにっこり。笑っているのに怖い…。大神は壁に刺さったままの包丁を指さし、おそるおそる尋ねた。

 答えを聞くのが、恐ろしいような気はしたが。


 「−これ、は?」

 「あぁ、それですか?いやだわ。私ったら、つい、うっかりー」

 「つ、つい、うっかり…?」

 「はい。つい、うっかり、手を滑らせてしまって…。ごめんなさい、怖かったですよね?もちろん、大神さんをねらった訳じゃないんですよ?もう、本当に、うっかり手からすっぽ抜けちゃって…ほら、私ったらドジだから。うふふ♪♪」

 「はは、ははははは…」


 一見、まるで邪気の無いように見えるさくらの笑顔を見ながら、大神もまた引きつった笑顔で乾いた笑い声をあげる。

 彼女が怖かった。

 それはもう、今すぐ回れ右をして逃げ出してしまいたいくらいに。

 だが、大神にも隊長としての意地がある。

 仮にも部下である(しかも女性の)一隊員に怯えて逃げ出すことなど出来ようはずもない。


 ーうっかりとばした包丁が、果たしてあんなに的確に飛んでくるものだろうか?


 大神は思う。

 だが思いはしたものの、それを口に出して彼女に質すつもりにはなれなかった。

 なぜだかとても恐ろしい答えが返ってきそうなーそんな嫌な予感がしたから。

 もちろん、ただの直感にすぎなかったが。

 野生の本能と言うべきか、こういうときの直感はやけに良く当たるものなのだ。


 大神は怯え混じりの眼差しをさくらの顔に向ける。

 その視線を受けたさくらはにっこりと見事なまでの笑顔で大神の、そんな眼差しを退けた。

 その完璧な笑顔の奥に、大神は女性というものの奥深さというかなんというかー恐ろしさを、かいま見たような、そんな思いがした。


 ー女心は難しいなぁ、大神ぃ


 そんな親友の声が、どこからともなく聞こえた気がして、大神は疲れ切ったようなうつろな笑みをその面に浮かべたのだった。






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