maruの徒然雑記帳


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恋夢幻想〜5〜






 「あれ、この写真て…」


 そう言って大神は机の上に飾ってあった写真立てを手に取った。

 例のごとく意味もなくあやめの部屋を訪れていた時のことである。

 そこには4人の人物が仲良くフレームにおさまっていた。

 見覚えのある顔は2つ。

 今とは年令、髪型と多少の違いはあるがー


 「米田支配人と…こっちはあやめさんでしょう?」

 「ええ、そうよ」


 振り向き、一緒になって写真を覗き込んだあやめが懐かしそうに目を細めた。


 「そしてこの人が真宮寺一馬大佐」


 そう言ってあやめは自分の右隣に写る男性を示した。

 長い髪を後ろでゆったりと束ねたその人は穏やかな表情で微笑んでいる。

 真宮寺ーめったにないその名字から察して大神はあやめの顔を見た。

 大神の問いかけるような眼差しにあやめは頷いて答える。


 「大神君の考えている通り。この人がさくらの亡くなったお父様よ」

 「この人がさくら君の…」


 半ば予想していた答えに、大神は深く頷きながらもう一度じっくりとその人物を見た。

 優しそうな人だー大神は思う。

 親子だからか、やはりどこかさくらと似ているような気がした。

 どこが?と言われると答えに困ってしまうのだけれど。


 「似てますね、やっぱり」


 答の出ないままそう言うと、あやめは考えるように小首をかしげて、


 「そうね…どこと言うわけじゃないけど、強いてあげるとすれば雰囲気かしら」


 そう言った。

 言われてみて大神はその通りだと納得する。

 真宮寺一馬の持つ雰囲気は確かにその娘、さくらのものと酷似していた。

 写真の中に閉じ込められたその包み込むような微笑みと眼差しに、さくらのそれが重なって見えた。


 「確かにそんな感じですね」


 笑いながら言うと、あやめも笑顔で答えた。


 「大佐もね、さくらと同じで真面目なんだけれど、どこか可愛いところのある人だったわ。時々とんでもないドジをしたり…」


 そんなあやめの楽しそうな笑顔を大神は幸せな気持ちで見つめた。

 それから写真の中の最後の一人をそっと指差す。


 髪を長く伸ばした若い男性。

 整った顔は繊細でどこか神経質そうに見えた。

 が、それは決して嫌な感じではなく、むしろ彼の真直ぐな気性を物語っているように見える。

 微笑んで前を見つめる瞳には高い知性の輝きが窺えた。

 どちらかと言えば武人肌の大神と正反対とまではは言わないが、少し違ったタイプの人間のようだ。

 帯剣していることから見て武芸をたしなむことは間違いないが、本当は学者と言うか研究者と言うか、

 とにかくそう言った人と似通った雰囲気を持っているように大神には思えた。


 「あやめさん、この人は…」


 言いかけて大神は言葉を失った。

 あやめの瞳はまっすぐにその人を見つめていた。

 愛しそうに切なそうに、そして少しだけ哀しげに。大神の視線にも全く気付くことなく…。


 胸が痛かった。


 あやめの中の自分と言う存在が、いかにちっぽけなものかを見せつけられたような気がして。


 (この人がそうなのか…)


 大神はあやめと一緒になってその人を見つめた。

 いつもあやめの心にいる人ー大神が望んでも決して行けはしない場所に彼はいるのだ。

 正直言って写真の中の男が妬ましかった。


 醜い嫉妬が顔に出ているような気がして大神は両手で顔をおおいぎゅっと目を閉じた。

 こんな顔をあやめには見せられない。

 ほんの一瞬そうして再び目をあける。

 そしてあやめの横顔をそっと見つめた。


 たとえ彼女の思いが自分にないとしてもやっぱり彼女が好きだった。

 思うだけでいいなんて思える程できた人間ではないけれど、この気持ちだけは変わらない。

 辛くても苦しくても自分は彼女を愛しているのだと再確認させられて、大神は苦く笑った。

 その気配を感じたのかあやめが顔をあげて大神を見る。


 「大神君?」


 大神の表情を見てあやめが心底不思議そうな声で大神の名前を呼んだ。

 あやめは気付いていない。自分がどんな顔をして彼の写真を見ていたのか。

 彼女を安心させるように大神は口元に笑みを刻む。

 それがどうにか自然に見えるように祈りながら。


 「いえ、あの、この人、誰かなと思って」


 そう言って大神が指差した先で微笑む青年を見て、あやめは『ああ』と眼を細め微かに笑った。


 「この人の名前は山崎真之介と言うの。山崎真之介特務中尉よ」


 自分がどんな眼差しを彼に注いでいるか、あやめは気付いていない。

 大神はジッと彼を見る。

 そしてその姿をまぶたの奥に焼きつけ、その名を胸に刻んだ。






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