maruの徒然雑記帳


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恋夢幻想〜4〜






 正月。

 帝都の人々は久々の平和を満喫していた。

 それは黒之巣会との死闘を終え、天海を打ち倒した帝国歌劇団も例外ではなかった。


 新年の挨拶も済ませて、そのまま宴会になだれ込んだ皆のもとを離れて大神はひとり廊下を歩いていた。

 断わりきれずみ飲んだ酒の程よい酔いで火照った頬に、冷たい空気が心地よかった。

 軽い足取りで大神は迷いなく進む。

 行く先はもちろんあやめの私室だ。


 通い慣れたその部屋の前で大神は足をとめる。

 息を吸い込み思いきってノックをする。

 もう何度も訪ねた部屋だが入る前はいつも緊張してしまう。

 なんとなく背筋をただしたままで大神はあやめの返答を待つ。


 だがなかなか返事が返ってこない。


 大神は首をかしげもう一度、今度はさっきより強めに扉をたたいた。

 すると、強くたたき過ぎたのか、それとももともとあまりしっかり閉めてなかったのかードアは内側へと開いてしまった。

 大神は慌てはしたものの、だがしかしちゃっかりと中を覗き込んで素早くあやめの姿を捜した。


 彼女はすぐに見つかった。


 奥の机での作業中に、どうやら眠ってしまったらしい。

 大神は微笑んで静かに彼女の傍らへ歩み寄る。

 机の上には様々な資料が散らばっていた。そのほとんどが花組の戦闘データのようだ。

 多分これまでの戦いを分析して、文書にしておくつもりなのだろうと大神は推測する。

 一つの戦いは確かに終わりを告げたが、これが最後と言う保証はどこにもないのだ。

 あやめはおこりうる次の戦いに備えてこうした資料を作成しているのだろう。


 花組が少しでも有利に戦えるように。

 皆の危険を少しでも減らせるようにー。


 あやめさんらしいー大神はそんなふうに思う。

 常に先のことを考え、皆を思い遣ることも忘れないーそんなところがとてもあやめらしい、そう思った。


 だが、そうやって感心させられると同時に、かなわないなと少しだけ落ち込む。

 彼女はいつだって大神の数歩先を進んでいる。そして大神はその背中をずっと追い掛けている。

 いつかきっと彼女に追い付き追いこしてみせるとそう信じて。


 (今はまだ役不足かも知れないけど、少しでもあなたの支えになりたいからー)


 俺、頑張りますー声に出さずに呟く。

 上着を脱ぎ、冷えるだろうとそれをそっとあやめの肩にかけて、その寝顔を覗き込んだ時大神の動きが止まった。


 彼女は泣いていた。


 何か悲しい夢でも見ているのだろうか。

 ただ静かに彼女は涙で自らの頬を濡らしていた。

 起こした方がいいのだろうかー迷いつつあやめに向かって手を伸ばした時、その唇が誰かの名を呼んだ。

 聞いたことのない名前だった。

 もう一度もっと良く聞こうとあやめの口元に耳を寄せた時、それは鮮明に大神の耳に届いた。


 「山崎…中尉…」


 それはまるで知らないはずの名前だったが、不思議とどこかで聞いたことがあるようなそんな気がした。

 口の中でその名をくり返し、なんとか思い出そうとしていると、ふいにそのことが頭の中に浮かび上がってきた。

 それはほんの数日前に、あやめの口から直接聞かされたことだった。






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