maruの徒然雑記帳
恋夢幻想〜38〜
全てが終わった戦場でその人は光に満ちた笑みで俺達を迎えてくれた。
誰よりも愛おしい人の顔をしたーあやめさんであってあやめさんでないその人の顔を切なく見上げる。
天上の光を身に宿すその人は、神々しいくらい美しく清らかでーみんなが声もなく彼女を見つめる中、俺の心は情けないくらいだだをこねて暴れるんだ。
彼女に触れたい。彼女の声が聞きたい。ただ、彼女に会いたかった。
藤枝あやめー誰よりも愛する、その人に。
「−会いたいですか?彼女に」
心を見透かされた一言に、とっさに言葉を返すことができなかった。
だが答えは決まっている。俺を見ている一対の瞳を見返して、ゆっくりと頷いた。
「そう。ならばかなえましょう、あなたの願いを。勇敢な戦士に、感謝と敬意をこめて」
彼女は言って、目を閉じる。
そして再び目を開けたとき、彼女は大天使ミカエルではなく、藤枝あやめその人としてそこに存在していた。
「大神君」
彼女の声が俺を呼ぶ。
もう再びかなうことはないと思っていたことの実現に、俺の足はふがいなくもすくんでしまって一歩も動けない。
今すぐにでも彼女に駆け寄り力一杯抱きしめたいと、心はそう叫んでいるというのに。
一歩一歩確実に彼女は近づいてくる。
その顔が間近に迫りその指先が俺の頬に触れたと同時に金縛りはとけ、俺は彼女の手に自分の手のひらをそっとかぶせた。
伝わるぬくもりになんだか泣きたくなる。
泣き笑いのように微笑むと、彼女も笑ってくれた。
いつものように俺を真っ直ぐ見つめながら。
「ありがとう」
優しい声だった。そして何か決意を感じさせる、そんな声。
彼女が何を思っているか俺には分かる気がした。
彼女との逢瀬がほんのつかの間のものであるということも分かっていたんだ、ちゃんと。
それでも言わずにはいられなかった。
その言葉が彼女を困らせると分かっていながらも。
「もうあなたと離れたくない」
動揺したように彼女の指先が震えた。
逃がすものかと、彼女の体を腕の中に閉じこめる。
あらがう様子はなかった。
その代わりにくぐもった声が耳に飛び込んできた。
「最後にこうしてあなたと会えて良かった」
それは明確な別れの言葉だった。
これが最後だと、彼女はそう言っているのだ。
でもそんな潔さもあやめさんらしいと思った。どんなときも彼女は自分を見失わない。
そんな彼女をとてもとても好きだったけれど、今は少しだけ寂しく感じる。
彼女は何とも思わないのだろうか?もう二度と、会えなくなるというのに。
だが、彼女の顔をのぞき込むように見て、そのことが間違いだと分かる。
俺を見上げる彼女の瞳が今にも泣きそうに潤んでいたから。
(意地っ張りなんだから)
微笑みながら、目の奥が熱くなる。
でもそんなところもすごく好きだった。
「一緒に来いって、言ってくれないんですか?」
あやめさんは目を見開いて俺を見る。
意表をつかれたその表情が何とも言えずに可愛かった。
好きですよー声に出さずにつぶやく。これまでもこれからも、ずっとずっと…
だから言って欲しかった。一緒に来て欲しいと。
そうすればなんの迷いもなく俺はあなたについていけるのに。
「…来てっていったら一緒に来てくれるの?」
不安そうな彼女の問いかけ。
「はい、行きます」
だから言ってくださいー俺は答えた。少しも迷うことなく。
彼女のそばにいることーそれこそが俺にとっての幸せなのだから。
「大神君…」
あやめさんが次の言葉を継ごうとしていた。
だが、それを遮るようにその声は響いた。
「隊長!!」
必死の思いで紡がれたその声はマリアのもの。
普段の冷静さをかなぐり捨てたその声に俺は思わず振り向いてマリアを見る。
彼女は緑の双眸をいっぱいにみはって俺を見ていた。
そしてその周りには彼女と同じような表情の花組隊員達の姿があった。
その瞬間、俺は思いだしてしまったんだ。
俺が一人ではないということ。
そしてそんな俺の心の動きをあやめさんは敏感に感じ取っていた。
再びあやめさんの方に向き直った俺の前であやめさんが笑う。
少しだけ寂しそうに、苦笑混じりの笑顔で仕方ないわね、というように。
そして言った。
「やっぱりあなたは連れて行かないことにするわ。あの子達に恨まれたくないもの」
そう、冗談交じりの口調で。
唇をかみしめた。
俺はまた選び損なった。あやめさん一人をを選びきることができなかったのだ。
そんな俺の頬にあやめさんの手が伸びる。
いたわるように触れてくるその手の感触をもっと感じたくて俺はぎゅっと目を閉じた。
「−さよなら。大神君」
別れの言葉が耳に響く。
心が悲鳴を上げた。
自分で決めたことだった。それなのに彼女を離したくないと、心が叫ぶ。
別れの言葉を口にできないまま、俺はあやめさんを見た。よほど情けない顔をしていたんだろうと思う。
彼女は困ったような顔をしてーそれからゆっくり手を伸ばし指先で俺の額をはじいた。
いつも俺を励ましてくれる、あの笑顔で。
「しっかりしなさい、大神君」
額を押さえ、ぽかんと見返す俺の耳に彼女の声が届く。
笑ってー彼女はそう言った。
そして俺は、いつかの彼女の言葉を思い出していた。
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