maruの徒然雑記帳


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恋夢幻想〜10〜






 目をあけるとすぐ近くに大神の顔があった。心配そうな顔をしている。

 あやめは目を瞬き、その顔を見返した。


 「ー大神君?どうしたの?そんな顔して」


 そっと手を伸ばして頬に触れると、大神はふわりと無邪気に微笑んだ。

 大きな手のひらが近付いて、あやめの髪を慈しむように撫でた。


 「嫌な夢でも見たんですか?少しうなされていたみたいだ」


 微笑み、大丈夫と言いかけて、言葉を止めた。

 大神の真剣な眼差しが嘘は許さないと、そう言っていた。

 小さく息をつき、目を閉じる。疲れを取るための仮眠だったがちっとも疲れはとれていなかった。

 それどころか精神的な疲労のためにむしろ体の疲れは増していた。

 それも全部あの夢のせいだ、あやめは思う。


 このところ毎日のように見る夢。

 内容はハッキリとは覚えていないのにそれが悪夢だと言う事だけは分かるのだ。

 何か取り返しのつかない事がおこる…そんな気がして仕方なかった。


 「あやめさん?」


 不安げな呼び掛けに、今度はしっかりと微笑みを浮かべて言った。


 「大丈夫よ。ほら、そんな顔しないで。あなたの方が世程具合の悪そうな顔をしてるわよ」

 「でも…っ」


 さらに言いつのろうとした大神を遮り、


 「でもじゃないの。ねぇ、何か報告があって来たんじゃないの?確か指令に呼ばれてたでしょう?」


 いつもと変わらぬ笑顔でそう言った。

 大神は小さく一つため息をつく。自分じゃダメなのかと情けなく思いながら…。

 そんな思いを抱きながら大神は、あやめに促されるままに指令に命じられた事を彼女に告げた。

 魔神器の事。敵の目的。自分とあやめに与えられた仕事の事をー。

 了解し、頷くあやめを確認し、大神はくるりと彼女に背を向けた。そしてそのまま部屋を出ていこうとする。

 すると後ろからあやめが声をかけて来た。


 「ねぇ、せっかくだからお茶でも飲んでいかない?」

 「いえ、まだやる事が残ってるので…」


 心の内のいら立ちを隠すように言葉少なにそう答える。

 あやめはそんな大神の様子を不審に思ったようだった。


 「大神君?」


 戸惑いを含んだ声が大神の名を呼ぶ。

 その手がドアの前で立ち止まった大神の腕に触れーその瞬間、堪えきれずに大神は、力任せにあやめの体を抱き寄せていた。

 息が止まるくらいきつく、きつく彼女を抱きしめ、切なくささやいた。


 「ー好きです。あやめさん」


 俺はいったいあなたのなんなんですか、と、そう問いかけたい気持ちを堪えて大神はあやめを見つめ、そしてそっと唇を寄せた。

 せめてこの腕の中にいる時だけは彼女が俺の事だけを考えていてくれればいいのにーそう願いながら。

 するとあやめの手が大神の背にまわされぎゅっと力が込められた。

 そして囁くような彼女の声が大神の耳をうつ。


 「私も…私だって大神君の事が好きよ」

 「え?」


 驚いて、あやめの顔を見た。信じられなかった。

 今まで一度だって彼女がそんなふうに言ってくれた事はなかったから。


 「あやめさん…」

 「好きよ。大神君…」


 大神をまっすぐに見つめてあやめはその言葉をくり返した。

 今まで言わなかった言葉。

 今まで…言えなかった言葉。

 やっと言う事ができたと、あやめは大神の胸に顔を埋めて小さく息を突いた。

 そんなあやめを大神は何も言わずに強く、強く抱き締める。

 言葉にならない思いで胸が一杯だった。


 「お願い、大神君。私をしっかり捕まえていて…」


 その言葉に小さな頷きで返事をかえす。


 「私が他の何かになってしまわないように、もっと強く…抱き締めて…」


 黙って腕に力を込めた。

 追い詰められたような声に、態度に、おかしいと感じなかったと言えば嘘になる。

 だが大神は、なぜ?と聞く事をしなかった。

 いったいあなたが他の何になると言うんですかーそんな問いを飲み込んで、大神はただあやめを抱き締めていた。

 幸せなはずなのになぜか泣き出したいような気持ちで。

 後でその事を死ぬ程後悔するとも知らないまま、ただ強く彼女を抱いていた。

 彼女が望むまま、強く、強く…


 どれくらいそうしていただろうか?静かな沈黙をやぶり、先に口を開いたのはあやめの方だった。

 今夜はずっとそばにいてー彼女はそう望んだ。

 大神は微笑み、はい、と頷く。あなたがそう望んでくれるのならーと。

 花がほころぶように彼女が笑う。


 幸せだった。


 彼女がただ微笑んでそこにいてくれる、ただそれだけで大神はこの上もなく幸せを感じる事ができた。

 ずっと一緒にいられればいいー大神は思う。それ以上の事など望みはしないから。

 それはほんのささやかな願い。

 しかし二人の気付かぬところで終わりは確実に近付いてきていた。

 破滅の時は間近だった。






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