maruの徒然雑記帳


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花の名前〜16〜






 「ところで、こんなに遅くまでどこに行っていたんだい?」

 「−仕事よ」


 階段を上りながらそう尋ねる大神の頬がかすかに上気しているのを見て取って、マリアは短く答えながら再び眉をひそめた。

 勝手に動き回ったりするから下がりきらない熱がまた上がり始めたのだろう。

 たいして動いてもいないのにもう荒くなり始めた彼の息づかいがそのいい証拠だった。


 再び暗い部屋の中へと戻り、荷物を置いて振り向いた大神の額にマリアの手の平が当てられる。

 その行為と、彼女の手の冷たい感触に驚いて目を丸くする大神に、熱がある、と少し怒った顔をする少女。


 大丈夫だよーそう言い募ろうとすると、有無をいわせずにベッドへ行けと、命令された。

 それでも、自分がもう大丈夫なのだとアピールしようと口を開きかけた大神は、不意に何かに気付いたように、自分を見ている綺麗な顔を見つめーそれから嬉しそうに破顔した。

 マリアが本当に自分のことを心配していてくれると、そのことに気がついたから。


 さあーと、マリアの指がベッドを指し示す。

 大神は、今度は素直に彼女の指示に従いベッドに潜り込むと、そこから彼女の顔を見上げた。

 そうして横になったまま誰かを見上げると、なんだか頼りないような、心細いような、無性に人に甘えたくなるようなーそんな気分になってくるから不思議だ。


 じっと見つめる大神の目から逃れるように目線をはずし、彼女は台所へと向かう。

 とはいっても、さほど広くもない部屋だ。案外近くにある彼女の背に向かって、何をするのかと聞いてみる。

 そう口に出してみて、大神はそれが愚問であることに気がついた。何しろ彼女が向かった先は台所なのだ。そこに立ってすることと言えば一つしかあるまい。


 「−食事の準備をするわ」


 案の定、彼女の唇からもそんなにべもない返事が返ってくる。

 大神は苦笑しーそれでも懲りずに再び彼女の背に問いかけた。


 「何を作るんだい?マリア」


 肩越しに振り向いたマリアは、ほんの一瞬大神を見つめ、


 「−ボルシチよ」


 短く、そう答えた。

 大神はまた嬉しくなって笑ってしまう。マリアはきちんと覚えていてくれたのだ。今朝の大神とのやりとりを。


 「じゃあ、何か手伝うよ。料理は結構得意だよ?」

 「ダメよ。病人は寝ていなさい」


 いそいそとベッドから這い出そうとした大神に再び飛んできたマリアの叱責。

 大神は肩をすくめーまるで小さな子供のように「はぁい」と素直な返事を返し、毛布を肩の所まで引き上げた。


 しばらくしてー。

 キッチンから響いてくるのは規則正しく彼女が操る包丁の音。

 そのリズムに眠気を誘われて、大神の瞼は自然と重くなってくる。

 ほとんど閉じかけた目にマリアの背を映しながら、大神はその口元に幸せそうな笑みを浮かべーそして今日何度目かの眠りの中へ落ちていった。







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