maruの徒然雑記帳


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花の名前〜9〜






 意識のない男に肩を貸し、やっとの思いで自らのアパートに着いたとき、けがのせいか、男は発熱をしているように見えた。

 玄関先にどさりと降ろした男の頬がやけに紅いことに気付き、乱れた息を整えつつ、その額に手を当てる。

 そこは燃えるように熱くなっていた。


 彼の熱に気がついたマリアの行動は早かった。

 汚れた服を脱がせ、下着一枚にすると、その体をベットの中へと押し込む。

 あるだけのタオルケットや毛布でその体を包み、額を冷たいタオルで冷やした。

 だが、それだけのことで高熱が下がりきるはずもない。

 薬を与えようにも、そもそも彼女の部屋に薬なんて代物はおいていないのだ。

 買いに行こうかと思いはしたが、意識のない彼を一人おいておくのはどうも心許ない。

 結局マリアはそのまま青年が目覚めるのを待つことにした。


 となると、今彼女にやれることはそう多くない。

 噴き出す汗を拭ってやり、額のタオルをこまめに代えながら、マリアは黙って彼の寝顔を見つめていた。

 そうしているうちにも、彼はうわごとのように何度もマリアの名をその唇に乗せる。

 大切そうに紡がれる自分の名前を聞きながら、何とも言えず不思議な気持ちがした。


 何度見ても、自分はこの男の顔に見覚えはない。

 それなのに彼は大事な人の名を呼ぶように、優しくマリアの名前を口にするのだ。

 なんだかへんな気分だーマリアは思う。

 だがそれは決して不快な感情ではなかった。


 (お前は私を知っているの?それとも私によく似た誰かを知っているだけ…?)


 声に出さずに問いかける。

 知りたいが、眠る男から答えを引き出せるはずもなく、マリアはおとなしく彼の目覚めを待つ。

 じっと彼の横顔を見つめながらー。

 そんなマリアの見ている前で、彼は再びマリアの名を呼ぶ。

 彼女の存在を求めて伸ばされた手に、とまどいながらもそっと己の手を重ねた。

 熱い手だった。

 それはまだ熱が高い証拠だ。

 空いてる方の手を伸ばし、額の汗を拭く。


 「−マリア……」


 彼の声が愛おしそうに彼女を呼び、熱い手の平に力がこもる。

 そこに、確かに彼女の手が存在することを確認し、彼はふわりと微笑んだ。

 本当に、この上もなく幸せそうな、そんな笑顔で。

 そんな彼の笑顔に目を奪われ、そのことに気付いたマリアは思わず苦笑を漏らす。

 深い寝息を繰り返す彼の目覚めは、まだ当分先のことになりそうだった。






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