maruの徒然雑記帳


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花の名前〜21〜






 幸せな、夢を見ていた。

 白い雪に閉ざされた極寒の地で、私と、あの人とー

 幸せだった。とても。

 たとえそれがつかの間の幻にすぎなくても、それでも私はー




 目が覚めたときほんの一瞬、自分がどうなっているのか、そんな混乱の中に陥った。

 目の前にあるのは一郎という青年の寝顔。

 本当に吐息が伝わるほどの距離にある彼の顔を凝視し、なぜ?ーとマリアは思う。

 昨日は背中合わせで眠りについたはずなのに、今、彼の腕の片方はマリアの頭の下にあり、もう片方はそっとマリアの肩に寄せられている。

 どうしてーマリアは再び思った。

 私は夕べ、彼を怒らせたのにー




   『ー君は女で、俺は男だ』


 昨夜彼はそう言った。そのことの意味が分かるか、とも。

 もちろんそんなことくらい分かっていた。

 そのことの意味を理解できないほど、マリアは子供ではなかった。


 ただ不思議だった。彼の口からそんな言葉が出たことが。

 たぶんその瞬間に至るまで彼を異性として明確に意識していなかった。

 失礼な話だが、彼のことはまるで害のない小さな動物か子供のようなものとしか認識していなかったのだ。


 マリアはわき上がる疑問をそのまま彼にぶつけた。自分を抱きたいのか、と。

 決して彼を困らせたかったわけではない。ただ知りたいと思ったのだ。


 彼が自分をどんな目で見ているのか、どうしたいと思っているのかーそのことを、知りたかっただけ。

 ただ、それだけのことだった。

 だが、そんなマリアの意図とは裏腹に、彼はひどく困ったような、どうしていいか分からずと惑う子供のような、なんだかとても無防備な顔で、マリアの顔を見つめていた。

 その顔を見た瞬間、マリアは不意に彼とそうなってもいいか、と思った。

 つまり、彼になら抱かれてもいい、と、ほとんど突発的に。


 彼に恋をしているわけではなく、愛しているわけでもなくー自暴自棄になったわけでも、もちろんない。

 ただごく自然に、その思いが心に落ちてきたーそんな感じだった。


 好きにすればいいー気がついたときにはそんな言葉が口をついてでていた。

 すぐ横で聞こえた彼の息をのむ音。

 その眼差しが自分に注がれているのが分かった。

 傍らで、人の重みが動く気配にマリアはとっさに目を閉じた。

 だが、いつまでたってもその瞬間はやってこなかった。

 目を開け、傍らを見たマリアの目に映ったのは、頑なに全てを拒むような、そして少しだけ悲しそうなー彼の背中だった。







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