maruの徒然雑記帳


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花の名前〜14〜






 どれくらいそうしていただろう。

 不意に立ち上がった彼女を、ボードウィルは夢から覚めたような思いで見上げた。

 気がつかないうちにだいぶ飲んでいたようである。目の前には中身のない瓶が数本転がっていた。


 「どうしたんだ?」


 多少ろれつが回らなくなった口調で尋ねると彼女はほんの少し彼の方を見た。


 「今日はもう帰るわ」


 帰ってきた返事にボードウィルは、今度はぽかんと間抜けに口を開けたまま、彼女の顔をまじまじと見つめてしまう。

 だいぶ夜が更けてきたとはいえ、酒飲みにとってはまだまだ宵の口である。

 用心棒としての彼女の仕事はこれからが本番のはずだった。

 それなのにもう帰る?いったいどういう風の吹き回しだろうと首を傾げたとき、昨夜仕入れた情報が酔いの回った頭に浮かび上がってきた。

 あの冷血女が怪我した野良猫を拾ったらしいーと、まことしやかに流れたその話を昨晩は他の仲間と共に笑い飛ばしたものだったが、もしかしたらあれは本当の話だったのかも知れない。

 彼女が今日に限って早く帰る理由が、その怪我をした猫だとしたら、それはそれで筋の通った理由ができあがるではないか。

 そんなことを考えながらボードウィルは興味深そうにしげしげとマリアの顔を見る。

 彼女の美しい容貌に惹かれ、普段からうるさいくらいにまとわりついてはいるものの、彼女のことをどれだけ知っているかと問われれば、ほとんど知らないと答えるほかない。

 ボードウィルが彼女にたいして抱いていた印象は、他の酔っぱらい共が彼女に対して抱くものと大差ないものだ。

 美しいが冷酷で、情け容赦のかけらもないーそれが今現在マリアの周りにいる人々が彼女に対して抱く印象のほとんどだった。


 ーマリアが野良猫の世話…ねぇ


 彼とてマリアにそんな優しさが全くないと思っているわけではない。

 ただ極端に想像しにくい、と言うだけのことである。

 まぁ、たとえマリアが猫の世話をしていようが、そうでなかろうが、ボードウィルにはまるで関係のない話だ。

 そのまま放って置けばいいようなものだが、元々が好奇心の強い彼のことである。

 黙っていられるはずもなかった。


 「猫は元気になったのか?」

 「−猫?」


 ボードウィルの問いかけにマリアが真面目な顔で首を傾げる。

 そんなマリアの反応に、彼もまた首を傾げ、


 「野良猫、拾ったんだろう?昨日ー」


 重ねられた問いかけに、やっと何のことを言われているのかに思い至ったのだろう。

 あぁーとマリアが頷いた。


 「猫…ね」


 そう言えば昨夜は店を早くでる言い訳にたしかそんな話をしたような気がする。

 今思うと何とも嘘臭い言い訳だと思うのだが、周囲はどうやら本気にしていたようだ。

 まぁ、拾いものをしたことは確かだから、あながち嘘とは言い切れないことではあるのだが。

 野良猫と称し、連れ帰った青年の顔を思い浮かべながら、マリアはその口元に浮かびそうになる苦笑をかみ殺す。

 素直で優しい目をしたあの青年に、野良猫のイメージはどうもそぐわない。

 彼をたとえるならばむしろ犬であろうと思われる。

 しかもー


 「猫って言うより、人なつこくてやんちゃな子犬って言った方がなんだかしっくりくるわね…」


 独り言のようにつぶやいて、マリアは一人戸口の方へと向かった。

 家ではきっとお腹を空かせた可愛い子犬がマリアの帰りを待っているだろう。

 何か食材を買って早く帰ろうー彼女がそんなことを考えているなどつゆ知らず、ボードウィルは何とも言えない表情でその背を見送る。

 彼女が拾ったのは猫ではなくて犬だったのかと、そんなまるで見当違いなことを思いながらー。






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