maruの徒然雑記帳


welcome





恋夢幻想〜40〜






 暖かな液体が俺の頬を伝い落ちる。

 あふれる涙をそのままに、俺は静かに微笑んだ。彼女を真っ直ぐに見つめながら。

 笑って欲しいと彼女が望むのなら俺は笑っていよう。

 彼女が好きだと言ってくれたその笑顔で。


 涙で揺らぐ視界。

 彼女の顔がゆっくりと近づいてくる。

 彼女は目を閉じず、俺も目を閉じない。

 そして俺達は見つめ合ったまま、そっと唇を交わした。


 言葉無く彼女が離れる。

 あの夜と同じように吸い込まれるように空に向かう彼女の姿。

 俺は手を伸ばしてその手を取る。

 見つめ合う瞳と瞳。

 彼女の瞳が揺れた。


 「−他の人を好きにならないでって言いたい」

 「言ってください。俺はあなただけを好きでいるから」


 彼女は笑って首を振る。


 「冗談よ。そんなこと言わないわ。ね、大神君…」

 「なんですか?」

 「幸せになってね」


 大神はほんの一瞬目を閉じた。

 幸せになんかなれっこない。あやめさんと一緒でなければーそんな言葉を飲み込んで、俺は頷いた。


 「はい、あやめさん」


 まるで小学校の優等生のような返事。

 それでも彼女は満足そうに笑ってくれた。


 「それからあの子達のことも、よろしくね」


 再び頷く。

 それを確認した彼女の体が急速にはなれていく。

 少しづつ、少しづつ遠くなる彼女を黙ってただ見つめた。


 だって俺にはそれしかできなかった。

 俺は彼女を選べずに、この世界にあることを選んでしまったのだから。

 そしてその手と手が離れそうになったときー今にも消えそうな声で彼女がささやいた。


 「−私のことを、忘れないで…」


 瞬間、手に力を込めて彼女を引き戻した。

 そのまま彼女の体を強く強く抱きしめて、その唇を奪った。

 熱く、激しくー。


 「忘れない。決して。たとえどんなに時が流れても」


 その言葉を受けて彼女が微笑んだ。

 それは今までで一番きれいな笑い顔だった。

 そして彼女は帰っていった。あふれる光の中へ。

 それはほんの一瞬の出来事。


 俺は静かに見送った。

 瞬き一つ、することなく。

 春風のような彼女の笑顔を、胸に抱いたままで。







戻る  次を読む

web拍手 by FC2





戻る

トップへ戻る

Copyright©2015 maru-turedure All Rights Reserved.

 
inserted by FC2 system