maruの徒然雑記帳


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恋夢幻想〜30〜






「だめっ!大神さん!!」


 響くさくらの声。次の瞬間、大神の視界は桜色で塗りつぶされた。

 鈍い衝撃音ー次いで倒れる桜色の機体。

 突然のことに何が起きているのか理解できない大神の耳に、その声が届いた。


 「−馬鹿な娘」


 わずかな痛みを含んだその声が、大神の心を現実に引き戻す。

 さくらの光武は黒煙を上げ、ぴくりとも動かない。

 その胸の中心を白い刃が深々と貫いていた。

 あるいは操縦席までも届いているかも知れないその刃を見つめ、大神は自分の犯した過ちに血の凍る想いを味わいながらさくら機に駆け寄った。


 「さくら君…さくら君!!」


 呼ぶ声に返事はない。気を失っているのか、あるいは…

 考えたくない現実に大神は唇をかみしめる。


 ー俺は何をしようとした?


 そんなことは分かり切ったことだった。

 逃げようとしたのだ。

 辛い現実から。

 自らの使命も、仲間も全てを捨てて。

 その結果がこれだった。

 拳を握って立ち上がり、大神は闇神威を見つめた。

 そのまま一歩を踏み出そうとしたとき、通信機を通して聞こえてくるかすかな息づかいに気づく。

 どうやらさくらは気を失っているだけのようだ。

 よかったー小さく息をつき、大神はかすかな笑みをその口元に浮かべた。

 だが、その笑みはすぐに消え、大神は表情を引き締めて目の前にある黒い機体に力強い眼差しを向ける。

 その黒い瞳に、もう迷いはなかった。


 「さくら君、俺はもう、間違えないよ」


 さくらに話しかけると言うより、それは自らに言い聞かせる、そんな言葉だった。

 その言葉を受けて殺女が再び問う。


 「心は決まった?」


 彼女の声に今度は迷うことなく頷ことができた。

 心がまったく揺れなかったと言えば嘘になる。

 こうして声を聞いてしまえば、彼女を求めて悲鳴を上げる想いがある。

 でも、それでも、譲れないものはあるのだ。

 一度は間違えかけた道。もう二度と、間違えない。


 「あなたを退け、叉丹を追う。俺はもう、迷いません」

 「ーそう」


 柔らかな声が短く答えを返す。

 その声が耳に届いたとき、なぜか優しく微笑う彼女の顔が見えた気がした。

 大神はほんの一瞬目を閉じ、それからゆっくりと二本の剣を抜き放つ。

 そしてそのうちの一つを彼女に渡した。彼女の剣は、まださくら機につき立ったままだったから。


 「敵に塩を送るつもり?」


 笑い混じりの彼女の言葉。


 「あなたとは正々堂々と戦いたいーそう、思うから」


 どこまでも真っ直ぐな大神の答えに殺女は目を細め、口元にかすかな笑みを浮かべた。

 その眼差しの先には、白い光武が剣の先端をこちらに向けて揺るぎなく立つ姿がある。

 それに答えるように、殺女もまた与えられた剣を構えた。

 そしてそのまま、二人は間合いを計るかのように見つめ合う。

 その永遠に続くかのようなにらみ合いのさなか、大神の声が静かに響く。


 「……あのまま死んでもかまわないと思いました。あなたの手に掛かって死ねるなら。でも、それでは何も変わらない。終わらない。だからー」


 白い機体がゆっくり、ゆっくりと間合いを詰める。

 それに呼応するように黒い機体もまた前にでた。


 「だから俺は、あなたを倒します」


 苦しそうに、それでも大神ははっきりと言いきった。

 瞬間、二人の剣の先と先がかちりとふれあいーそして激しい剣戟が始まった。

 近づいては離れ、離れては近づきーその戦いはいつまでも続くかに思えた。

 だが終わりは以外にあっけなく訪れた。

 倒れたのは黒い機体。黒煙をあげ倒れた闇神威を、大神は痛みを堪えるような表情でじっと見下ろした。

 どれくらいそうしていただろうか?不意に顔を上げ、全てを振り切るようにして奥へと向かう大神の背を、かすかな声が追いかけた。


 「なぜ…?」


 それは紛れもない殺女の声。

 彼女は死んではいなかった。

 大神には彼女を殺すことはできなかった。どうしても。

 大神が破壊したのは闇神威の動力中枢。

 操縦席のすぐ近くにあるそれを、数ミリの狂いもなくさし貫き、大神は殺女の動きを封じたのだ。


 「今殺さなければ、私はまたあなたの前に立ちふさがるわよ?」

 「たとえそうだとしても、これ以上のことは俺にはできそうもありません」

 「待ちなさい」


 そのまま行こうとした大神を、殺女が呼び止める。

 足を止め、振り向いた大神の目に、操縦席から身を乗り出すようにしている殺女の姿が映った。見たところ、特に目立ったけがは見あたらない。

 大神は安堵し、ほっと胸をなで下ろした。


 「ここで待っていて下さい。俺は行きます。自分のやるべきことを果たすためにー」

 「一人で戦う気なの!?あの方を相手にー。無茶だわ」


 ー心配してくれるのか…俺を…


 嬉しくなって、大神は思わず微笑んでいた。

 無茶なことはもちろん分かっている。

 一人でかなう相手ではないことも。

 でも、それでもー誰かがやらなければならないことなのだ。

 そして今、ここには自分しかいない。だから、自分がやるしかない。

 気負いも緊張もなかった。

 不思議なくらい心は落ち着いている。勝てるという確信があるわけではない。

 だが、なぜか負ける気もしなかった。


 「負ける気はありません。もちろん死ぬ気も。待っていて下さい、あやめさん。叉丹を倒して、霊子砲も破壊して、必ずあなたを迎えに来ます。あなたと、みんなと…全員で帝劇に帰る、そのために」


 そして、大神は殺女に背を向ける。最後の戦いに赴くためー

 暗い通路を一人進む大神の胸に、ふとマリアのことが浮かんでくる。


 (見守っていてくれ、マリア。俺が俺らしくあれるように)


 心の中でそんなふうに語りかける。

 もちろん答えはない。

 が、胸に浮かぶマリアの顔がそっと笑みを浮かべてくれた気がして、大神もそれにつられるように自然と唇をほころばせていた。






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