maruの徒然雑記帳


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恋夢幻想〜28〜






 一つ…二つ…

 薄暗闇の中で膝を抱え、五つの命の火が力を失い、今にも消えゆこうとしているのを私は確かに感じていた。

 そしてそれと同時に、二つの強い輝きが近づきつつあることもまたはっきりと感じ取ることができた。

 強い輝きのうちの一つーそれがあの大神一郎という青年であるということを、私はなぜか確信する事ができた。

 迎えに行くと、昨夜彼はそう言った。

 その言葉のとおり彼はじきにここへ現れるだろう。

 叉丹様を殺すため。

 そしてー私に殺されるため。


 「馬鹿な男」


 つぶやく声に力はない。

 来ないで欲しかった。

 いっそのこと、彼が帝都も仲間も見捨てて逃げるような卑怯者であればよかったのにと思う。

 そうすれば私は彼と戦わずにすんだのに、と。

 もっとも、彼がそんな男であれば、私もいちいちこんなことで悩みはしなかったのだろうが。

 そんな自分の心の動きに気づき、私は愕然とした。なぜそんなふうに思うのか。

 彼を愛しているの?−そう自分に自問する。


 否。


 そんなはずはない。

 私が愛するのはただ一人。我が主、葵叉丹様だけ。

 その、はずなのに…なのになぜ、彼を思うとこんなにも胸が騒ぐのか。

 彼のあの真っ直ぐな黒い瞳がいつでも胸の中にある。

 彼が私の名を呼ぶ声を思うたび、胸が痛くてたまらない。

 泣きたくなって思う。


 私は彼の笑顔がとても好きだと。

 見たことなど無いはず。

 無いはずなのにーなぜだか分かる。

 彼のその笑顔の傍らで、わたしはこの上もなく幸せだった。

 少しはにかむように、優しく、やわらかく彼が微笑む。

 そんな彼を見ながら私は目がくらむほどの幸福を感じる。

 本当に泣きたくなるくらい幸せだと、そう思うのだ。

 一瞬、自分が泣いているんじゃないかと錯覚して、そっと頬に指を滑らせる。

 当然のことながら指先が濡れる感触はない。

 分かっていたことだ。降魔は泣かない。涙を流さない。

 心は泣いているのに涙は一滴も出ないのだ。泣けないことが、こんなに辛いことだとは思ってもみなかった。


 「大神…一郎」


 複雑な思いでその名を呼ぶ。

 唇がその名を刻むだけで、情けないくらいに心が震える。

 心は、思いに正直だった。


 ー私は、彼を愛している?


 もう一度、自分の心に問いかける。

 多分そうなのだろう。

 覚えてはいないけれど、私は確かに彼を愛していた。

 そして今も、心のどこかできっと、まだ彼を愛し続けている。


 「愛してる。私は彼を」


 そのことを確かめるように、私はそっとつぶやく。昨夜、彼の部屋でそうしたように。

 つかの間の邂逅ーあのとき私は確かに彼に言った。

 愛していると。

 自覚もないまま唇から滑り出た、そんな言葉ではあったけれども。

 彼に、会いたいー心からそう思った。

 しかしそれと同時に思う。

 どうか来ないで欲しい、と。

 彼と再び出会うときーそれは二人の生と死を分かつときだ。

 そしてそのときはすぐそこまで迫っていた。






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