maruの徒然雑記帳


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恋夢幻想〜26〜






 ものすごい爆発音がした。

 ついさっき後にしてきた方から。

 紅蘭とアイリスがいるはずの場所から。

 反射的に大神は振り向いていた。

 そうしてみたところでなにも見えるはずがない。そんなこと分かってはいたが、ほとんど無意識のうちの行動だった。

 一瞬……ほんの一瞬だがその瞬間大神機の背が無防備にさらされた。

 その時だった。

 そのわずかな隙をねらうように大神機の後方に一匹の降魔が現れた。

 口から強酸を吐く、遠距離攻撃を得意とするタイプの降魔、液射。

 そいつは明らかに大神機をねらっていた。


 「っ!隊長!!」


 大神が危ないーそう思った瞬間にマリアの体は動いていた。

 大神機を後ろにかばうように前に飛び出す。


 「マリア!?」


 驚いたような大神の声。

 それとほぼ同時に、激しい衝撃がマリアの機体を揺さぶる。

 機体のバランスが崩れ、膝から地面に落ちていくような浮遊感。

 だがマリアの目は、ぶれるモニター越しにはっきりと敵の姿をとらえていた。

 倒れながらの姿勢で放たれた、しかし的確に狙いを定められたその銃弾は、まっすぐに敵の急所へと吸い込まれていく。

 その攻撃に反応するまもなく、降魔の頭部右半分が吹き飛び、その姿が音もなく崩れ落ちるのをマリアは無言のままに見届け、敵が完全に沈黙したのを見て取ると、やっと小さく息をついた。


 「マリア、大丈夫か?」


 通信機から響く心配そうな大神の声にマリアは微笑む。

 素早くモニターに目を走らせ、大丈夫ですと答えようとしたとき、右足部分の動力部が赤く点滅して表示されていることに気がついた。

 慌てて動かそうとしたが膝を突いた状態の右足からはなんの反応も返ってこない。

 よりにもよって何でこんな時にーマリアは天を仰ぎ、ため息をついた。


 「どうした?どこか故障でも…」

 「ー右足の動力部をやられました。動きそうにありません。一時作戦を離脱し、ここで紅蘭とアイリスを待ちます。隊長とさくらは先行してください」


 目を閉じたまま、一気にそう告げる。

 悔しかった。こんな所でーここまできて、戦線離脱を余儀なくされるとは。あまりにも情けなく、涙が出る思いだった。


 「そんな…!マリアさん一人残していくなんて」

 「大丈夫よ、さくら。すぐに紅蘭達が追いついてくるはずよ。そうしたら光武の故障を直して、すぐに追いかけるから」

 「でも…」

 「それまで隊長のこと、頼むわよ、さくら」

 「……はい」


 わずかな沈黙の後、帰ってきた返事は思いの外力強いものだった。

 人は気がつかないうちに大きく成長するものだ。さくらもいつの間にかずいぶんと頼もしい存在になった。

 はじめの頃、いつも不安混じりに彼女を見つめていたことが嘘のようだ。

 今の彼女であればなんの不安もなく、安心してその背を見送ることができる、そう思った。


 「マリア…」


 大神の声にマリアは再び瞳を曇らせる。

 できることならば最後までその隣に立ち、その背を守り、ともに戦い抜きたかった。

 そんな無念の思いを押し込めて、マリアは大神に向けて言葉を紡ぐ。


 「行ってください。私なら大丈夫ですから」


 しかし大神機は動かない。

 判断を決めかねているかのようにその場に立ちつくしている。

 マリアは言葉を続けた。動き出せない大神の、その背を押すように。


 「お願いです。私を信じていてくれるのなら、どうか…」

 「……してくれ」

 「えっ?」


 聞き取れず聞き返したマリアの耳に、今度ははっきりと大神の真剣な声が響く。


 「約束してくれ、マリア。必ず追いかけてくると」


 マリアは微笑み、迷うことなく頷いた。


 「約束します。後で、また会いましょう。きっと」

 「…分かった」


 大神もそれ以上言い募ることはしなかった。

 さぁ、とマリアが促す。

 その声に頷き、大神は全てを断ち切るように背を向けた。

 ゆっくり、ゆっくりと大神の姿が遠ざかる。促されたさくらがそれに続き、後はマリア一人、そこに残された。


 落ちる静寂。

 だがそれも長くは続かない。マリアは近づいてくる気配に気がつき、表情を引き締めた。

 降魔だ。それも一体や二体ではない。

 勝てるだろうかーマリアは冷静に機体の状況を再度確かめる。

 右はやはり動きそうもない。

 左足のみでの移動は可能であろうが、移動速度はかなり落ちるだろう。

 逃げきることは不可能だーそう判断し、マリアは覚悟を決めた。

 逃げられないなら戦うまでだ。

 調べたところ、弾薬の残数にはかなり余裕がある。

 今の今まで後方支援に徹したのが幸いした。

 ここに留まり、敵と交戦する間くらいは何とか持ってくれそうだ。

 マリアは不自由な右足を引きずるようにして、まもなく敵が現れるであろう通路の方へ向きを変え、油断なく武器を構える。


 呼吸が乱れていた。

 手のひらがじっとりと冷たい汗で濡れている。

 分の悪い賭けだわー口元にかすかな笑みを浮かべたまま、思う。

 仲間が一人もいないこの状況で、右足も動かない。勝率は限りなく低かった。

 だが負けられない。自分を待っていてくれる人がいるのだ。

 そして自分は彼に約束をした。

 必ず後を追うと。生きて、また会おうと、そう約束した。

 その約束を、破るわけにはいかなかった。

 大きく息を吸い、一瞬、目を閉じる。

 瞼の裏に浮かぶのは誰よりも大切な人の笑顔だ。

 彼を思うだけで、マリアは驚くほど落ち着きを取り戻している自分を感じた。


 ー信じていれば必ず勝てる…そうだろう?マリア


 そんな大神の声が聞こえた気がした。

 微笑み、マリアは頷く。


 (そうですね、隊長。信じれば必ず勝てます。だから私は信じて戦う。最後まで。たとえ…)


 たとえそれがどんなに絶望的な戦いであったとしてもー。

 とうとう通路の奥に降魔が姿を現した。

 驚異的な集中力で、射程距離より遙かに遠い敵の頭部を一発で吹き飛ばす。

 そして一匹、二匹ー次から次へと現れる降魔をものすごい反応速度で撃ち続けた。

 正直、勝てる気がしなかった。

 数えるのも面倒になるくらいの降魔。

 銃弾もいずれはつきるだろう。

 そうなれば、自分に自らを守るすべはない。

 負けはそのまま死へとつながり、自分はなぶり殺しにされるだろうー妙に静かな心でそう思った。

 自分の中に死への恐怖がないといえば嘘になる。

 やはり死ぬのは怖い。

 だがそれと同時に思う。自分はきっとあきらめないだろうと。

 体中の血液を失い、死に至るその最後の瞬間まで、自分はあきらめず、勝利を信じ、戦い続けるに違いない。

 生きて再び大神に会いたい、ただその思いのためだけに。


 しかしその思いもむなしく、銃弾はとうとう底を突き、トリガーが乾いた音を立てる。

 一瞬の虚脱。

 そして交錯する様々な思い。

 これで終わりなのか、という思い。死にたくない、という思い。

 まだ死ねないー強くそう思った。

 まだ、なにも始まっていない。

 まだ、最初の一歩すら踏み出せていない。

 なにより自分はまだなにも伝えていないのだ、あの人に。


 死ねない、と思う。

 死にたくない、と思う。

 こんな所で終わるのは絶対にいやだと。

 そしてマリアは気がついた。自分が泣いていることに。

 自らの頬に指を滑らせ、呆然とする。

 だがそれも一瞬のこと、信じられない思いを振り払いマリアはきつく前をにらみ据え、自分に言い聞かせた。

 死ぬのが泣くほどいやならあきらめるんじゃない、と。

 どんなに情けなくてもいい。最後まで、足掻いて足掻いて足掻きまくればいいじゃないか、と。

 手の中にある銃器を固く握りしめる。

 もう一発だって撃てやしないこの鉄のかたまりがマリアに残された唯一の武器だった。

 マリアはそれを構え、近づいてくる降魔の群を、濡れた頬を拭いもせずに冷静な眼差しで迎える。

 そしてつぶやく。


 「信じれば勝てるーそうですよね、隊長」


 ーあぁ、勝てる。信じていれば、必ず


 そんな返事が聞こえた気がしてマリアはふわりを微笑んだ。

 絶望はない。

 必ず勝つと、そう信じて戦うのだから。


 (あきらめなければ活路はある。きっと…)


 そう自分に言い聞かせ、マリアは最初の一匹を迎え撃つ。

 生きて再び大神に会う、そのためにー






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