maruの徒然雑記帳
恋夢幻想〜25〜
「大神はん、見てや、あそこ」
紅蘭の声に大神は彼女の指さす方を見た。
そこにあったのは不思議な紋様。まるで魔法陣のようなー。
紅く禍々しく輝くそれを、大神は不吉な思いで見つめ、紅蘭に尋ねた。
「なんなんだい、あれは」
「うちにもよく分からへんのや。たぶん転移装置か何かやとおもうんやけど…」
「転移装置か…」
もしあれが転移のためのものだとしたら、壊しておいた方がいいのかも知れないー大神は考える。
あそこを通じて降魔が大量に投入されたら、後で困ることになるかも知れない。
「−壊しておいた方が、いいのかも知れないな」
「ならその役目、うちにまかしてや」
独り言のような大神の言葉に紅蘭が答えた。
「うちならあんなもの、すぐに爆破できる。何たってうちの得意分野や。せやから大神はん達は先を急いでや」
「でも紅蘭、ここに一人で残るなんて。危険がまるでないと決まった訳じゃないし」
「そんなこと言ってたら、なにもできへんで、大神はん。大丈夫やって。危ないと思ったらすぐに逃げて、みんなを追いかけるさかい」
確かに紅蘭の言うことにも一理あった。迷った末、大神は頷いた。
「分かったよ、紅蘭。ただ、無理はしないでくれよ」
「分かった。おおきにな、大神はん」
「紅蘭が残るならアイリスも一緒に残る」
嬉しそうに答えた紅蘭の声に、アイリスの声が重なった。
「なんだって!?」
「アイリス!?」
ほとんど同時に大神と紅蘭の叫びが響く。
通信機からは無邪気に笑うアイリスの声。
「だって、紅蘭一人じゃ心配だもん。紅蘭が危なくなったらアイリスがつれて逃げてあげるよ。アイリス、逃げるのは得意なんだから。ねっ、いいでしょ?お兄ちゃん」
「心配ったって…」
困ったように紅蘭。
大神も腕を組み、黙り込んでしまう。
危険だと、一言の元に却下してしまうことは、なぜだかためらわれた。
きっとアイリスは、いつものようにその可愛らしい瞳をきらきらさせ大神を見ているに違いない。
大神に反対されるなんて夢にも思っていないことだろう。
「どないしよう、大神はん」
大神はうーんと考え込む。
アイリスの言うとおり、紅蘭一人を置いていくことには不安があった。
だからといってアイリスが一緒ならその心配はないかを言われると、そうも言えない気がする。
しかし一人より二人の気がが心強いのは確かだった。
大きく一つ頷き、大神は心を決めた。
「分かった。君も残ってくれ、アイリス」
「やったぁ」
アイリスが歓声を上げる。だが大神の方もアイリスにくぎを差すことを忘れない。
「ただし、危ないと思ったらすぐに逃げるんだぞ」
「分かってるよぉ。アイリス、子供じゃないんだから」
「よし。じゃあ、紅蘭のこと、頼んだよ。先に行って待ってるから」
「うん」
嬉しそうにアイリスが答えた。
小さく頷き、今度は紅蘭の方に声をかける。
「ここは任せたよ、紅蘭。だが、決して無理はしないでくれ」
「分かってます。大丈夫やって。うちとアイリスがそろえば逃げ足だけは天下一品や。心配なことなんてなーんも無い。すぐに追いつくさかい、安心して先に進んでぇな」
「分かった」
短く答え、そしてマリア機とさくら機に前に進むことを告げる。二人は無言でそれに従った。
去り際に、マリア機から通信が入る。
「先に行くわ。必ず来るのよ。待ってるから」
短いが、マリアらしい、心のこもった言葉に紅蘭は微笑んだ。
三つの機影はあっという間に遠ざかる。
さくらのピンク色の機体が心配そうに何度も何度も振り返りながら消えるのを見送って、紅蘭は早速例の転移装置と思われる紋様に近づいた。
近づいてみるとそこからは確かに、微弱ではあるが魔力の波動が感じられた。
光武のハッチを開けて、生身のままでそのそばにひざまずく。
予測したとおり、それは転移のための魔法陣であるようだった。
周りを歩き回り、慎重に調べる。
どうやら防壁も、罠も特にはないようだ。
ーこれならうちの光武のミサイルでなんとかなりそうや
満足そうに頷き、光武の方へ戻りかけたとき、それは起こった。
「紅蘭、後ろ!!」
アイリスの声に振り向くと、魔法陣の上に強烈な磁場が発生していた。
装置が作動している!?ー見開いた紅蘭の目に磁場の向こうにかすむ大量の降魔が映った。
思わず舌打ちを漏らして自らの光武へと走る。
素早くその内部に滑り込み、ハッチを閉める間ももどかしく、機体を起動させ、通信機に向かって叫んだ。
「敵さんのお出ましや。うちはこの忌々しい装置を破壊するさかい、アイリスははよ逃げ」
言いながらも、ミサイルの発射準備を整える。
時間の猶予はあまりない。
敵が完全にこちらに転移し終わるまで、たぶん一分ほどしか時間の余裕はないであろう。
アイリスを逃がさなければー紅蘭は思う。
あれだけの磁場にミサイルを撃ち込めば、この辺り一帯を巻き込むものすごい爆発が起きるだろう。
いくら光武に乗っているとはいえ、その爆風に飲まれて助かる確率はよくて五分。
そんな分の悪い賭けにアイリスを巻き込むわけには行かなかった。
だがそんな紅蘭の気持ちを知ってか知らずか、アイリスは昂然と首を振った。
「いやだもん。アイリス、紅蘭と一緒じゃないと逃げないからね」
「アイリス!!」
「怒っても駄目だよ。アイリス、お兄ちゃんと約束したんだから。危なくなったら紅蘭をつれて逃げるって」
かたくななその言葉に紅蘭は苦笑を漏らす。
自分一人犠牲にして何とかしようとしたが、その手はどうやら使えそうにない、と。
二人で何とか生きて帰れるように頑張ってみようーそう腹を決めて紅蘭はアイリスに指示を与えた。
まず自分のそばに呼び寄せ、他の機体をつれて瞬間移動はできるか尋ねる。
理論上は可能なはずだった。
問題はアイリスの霊力。アイリスがどこまでがんばれるかにかかっている。
「できると思う。けど、二人だとそんなに遠くまでいけないよ」
「十分や。少なくともここより助かる確率は高くなるはずやし」
頷き、アイリスに瞬間移動に備えるよう、伝える。
降魔の影はどんどん鮮明になっている。時間がなかった。
「ええか。うちがミサイル発射したらなるべく遠くまで飛ぶんや。そんでもってすぐに地面に伏せる。それが助かる道や」
「分かった」
アイリスの声がわずかに緊張していた。さぞ怖い思いをしているだろうだろうと思う。
もちろん紅蘭だって死ぬほど怖い。
そんな身のすくむような恐怖の中、逃げることをせず、まっすぐに立つアイリスに紅蘭は驚嘆の念を隠しきれなかった。
いつの間にこんなに大きくなったのだろう、と思う。肉体的にではなく、精神的に。
子供や子供やと思うとったけど、もうそんなふうに言えへんなーかすかに微笑み、それから一転して表情を引き締めてミサイルのトリガーを握った。
「じゃ、一二の三でいくで。一…二の…」
徐々にその姿をこちらに現しつつある降魔。
それに向かって紅蘭はゆっくりと確実にねらいを定め、そしてー
「−三っっ」
トリガーを力一杯に絞った。そして巻き怒るすさまじい爆発。
その爆音と爆風が収まったとき、そこにあった全てのものは跡形もなく消えていた。
奇妙な魔法陣も、降魔たちも、そしてー紅蘭とアイリスの姿も、なにもかもが。
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