maruの徒然雑記帳


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恋夢幻想〜20〜






 「隊長、こんな所にいたんですか」


 後ろから聞こえたマリアの声に、大神は窓の外へと向けられていた視線を彼女の方へと向けた。

 ゆっくりとした足取りで近づいてくるマリアを、大神は笑顔で迎える。


 「マリア。いま、君の所にも行こうと思っていたんだ」

 「みんなの所へ、行っていたんですか?」

 「あぁ。もうすぐ戦いが始まる。少しでもみんなの気を紛らわせればと思って」

 「隊長らしい心配りですね。ご苦労様でした」


 微笑んでマリアが言うと、大神も照れたように笑って、


 「本当は、これからマリアの所へ行くところだったんだけど、ここを通りかかったら、ほら」


 そう言うと大神は窓の外を示した。


 「外の景色が、あんまりにきれいで…」

 「−本当」


 マリアも息をのむようにして外を見つめた。

 一点の曇りもない真っ青な空。広がる雲海。

 普段では決してみることのできない光景がそこには広がっていた。

 大神のすぐ横に立ち、窓に手をついて魅入られたように外を見ながらマリアは思う。

 これから戦いが始まろうとしてるなんて嘘みたいだ、と。

 そんなふうに考えたとき、耳のそばで、ぽつりとつぶやくような大神の声が聞こえた。


 「これから戦いが始まるなんて嘘みたいだね。こんなに穏やかできれいな景色を見ているとそう思えてくる」


 隊長も私と同じことを!?−驚いて、反射的に彼の方を見ると、大神もまた、マリアを見ていて、二人の視線がぶつかり合った。

 大神は、窓の外など見ていなかった。

 ただ優しい眼差しで、マリアを見守るように見つめている。

 澄んだ柔らかい光を放つ一対の黒い瞳に、思わずマリアは見れていた。


 「マリア?」


 不思議そうな大神の声に我に返ったマリアは、不自然にならないように大神からそっと目をそらした。

 そして再び窓の外に目を向ける。


 「その…私も考えてたんです。隊長と同じことを。嘘みたいだなって」

 「そっか…」


 小さくつぶやき大神は、マリアと寄り添うようにして窓の向こうを見る。

 マリアはその横顔を盗み見るようにして眺めた。

 厳しい顔をしている。

 これから始まる戦いのことを思っているのだろうかーマリアは唇をかんだ。

 決して楽な戦いではない。もしかしたら生きて帰れない可能性だってある。


 マリアは不安そうに瞳を曇らせた。

 手が無意識のうちに胸元を探り、そこにある古びたロケットを手のひらの内にに握りしめる。

 いつだったか、大神に言われたことがある。それはお守りなのか、と。

 たぶんそうなのだろう。こんなふうに握ると、いつも不思議と心を落ち着かせることができた。

 今回はそうはならなかったが。


 (ユーリー……)


 かつての隊長の顔を思い浮かべ、ぎゅっと目を閉じる。

 あの頃の自分にとってなによりも大事だった人。

 彼はマリアにとって兄のような存在であり、そして初めての恋の相手でもあった。

 当時、マリアが全てをかけて愛したその人は、彼女の目の前で命を落とした。

 その身を無数の銃弾に貫かれ、真っ白な雪を止まることなく流れ出る血液で深紅に染め上げながら…。


 (もう、あんな思いはしたくない)


 マリアはすっと目を開けて大神を見た。

 強い決意をその瞳にたたえて。


 (この人は死なせない。私が守る。必ず…この身に変えてもー)


 そんなマリアの思い詰めた眼差しを感じたのか、大神はマリアの方へ視線を移した。

 瞳にマリアの姿を映し、どうしたのかと尋ねる。

 突然の質問にマリアはどう答えたものかと考えたが、結局胸の内の不安をそのまま大神にぶつけてみることにした。


 「−この戦い…勝てるのでしょうか」


 一瞬呆気にとられたような顔をした大神は、次の瞬間大きく破顔した。


 「マリア、君がそれを言うのかい?」

 「…私が弱音を吐いたらおかしいですか?」


 笑い混じり、からかい混じりの大神の言葉にむっとしてそう言い返す。

 冷気をはらんだマリアの声に、大神はあわてて否定の言葉を返した。


 「そうじゃないよ、マリア」

 「じゃぁ、どういう意味なんです?」


 まだ棘のとれないマリアの言葉に大神は苦笑を漏らす。

 すねた様子のマリアを、素直にかわいいと感じた。


 「だって、君が言ったんだよ」

 「え?」

 「隊長のくせにうじうじ悩んでた俺に、君が言ったんだ。信じて戦えば、必ず勝てると」


 大神は微笑み、マリアの手を取った。

 正面からマリアを見つめ、言葉を続ける。


 「俺は信じるよ。君たちのこと、俺自身のこと、そしてー俺達の勝利を。誰一人死なせるもんか。

 みんなで生きて帰るんだ。あやめさんも一緒に。帝都の平和を手みやげにしてね。そうだろう?マリア。信じていれば勝てる、そうだよな?」


 花がほころぶようにマリアが笑う。そして頷いた。


 「えぇ、勝てます。必ず。隊長、あなたがいてくれれば、私たちは決して負けません」

 「…マリア。いつだって君の言葉が俺の背を押してくれる。臆病な俺に勇気を与えてくれるんだ」

 「そんな…隊長…」


 大神は力を込めマリアの手を握った。

 マリアの頬がかすかに桜色に染まる。

 それは言葉にならないほどの美しさだった。潤んだ翡翠の瞳が大神を映して輝いていた。

 彼女を守りたいと思った。

 誰からも傷つけられることがないように。その思いはあやめを取り戻したいという思いにも負けないほどに強く激しい。

 いつの間に彼女は自分の中でこんなにも大きな存在になっていたのかー大神はとまどいながらも微笑む。


 「ありがとう」

 「隊長…」


 とまどうような彼女の声が耳に心地いい。

 マリアが愛しくてしかたがなかった。


 (自分がこんなに器用な男だとは思わなかったな)


 同時に二人の女性に思いを寄せるなんてー心の中で苦く笑う。

 だが、それと同時に思った。この思いをマリアに伝えることは決してないだろう、と。

 大切に思ってはいても、その思いは恋ではなかった。

 確かにあやめとは違う意味での特別な存在ではあったが、マリアへの思いは恋ではなかった…まだ。


 彼女を選ばないのなら伝えるべきではないのだ。

 自分はもう選んだのだから。あやめとの未来。彼女と共に生きていくこと。

 そして自分はそのことになんの後悔も抱いていないのだから。

 大神は自覚したばかりのその気持ちを飲み込み、彼女への……彼女に伝えるべき言葉を唇に乗せる。

 たくさんの感謝を込めてー伝えきれない、全ての思いを込めて。


 「マリア…君がいてくれてよかった」


 ささやくように伝えたその言葉に、はにかむようなマリアの笑顔。

 瞳を細めて大神も笑い、再び二人並んで窓の外へ視線を移した。

 そこには青空が広がっている。

 なんの汚れも知らない、美しい、青い空が。


 「−生きて帰ろう、必ず。みんなで」

 「はい」


 再びそう誓い合い、後はなんの言葉も交わさずに、ただ外を眺めていた。

 戦いまでのほんのつかの間の休息。

 心地いい沈黙が二人を包んでいた。






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