maruの徒然雑記帳



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恋夢幻想〜2〜






 「皆は楽しんでいるでしょうか?」


 食事を終えた後、ふと隊員達のことを思い出し、そんなふうに尋ねてみた。


 「もちろんーと言いたいところだけれど…」


 わずかに言い淀んで彼女は続ける。いたずらっぽい笑みをその唇の端に浮かべながら。


 「あなたのことが心配でそれどころじゃないんじゃないかしら。あの子達」


 まさか、と笑うと、彼女は真顔で意外な真実を明かした。


 「そのまさかよ、大神君。

 あなたがどう思っているかは知らないけれど、あなたが考えている以上にあの子達はあなたを認めているし好意を抱いているのよ。

 ほかでもない自分達の、花組の隊長としてのあなたにね。ねえ、あの子達私になんて言ったと思う?」


 楽しそうに彼女が問いかける。分からないと正直に答えると彼女は、クスリと笑って教えてくれた。彼の部下達の本当の心の内を。


 「隊長を独りにしておきたくないけど、自分達では逆に気を使わせてしまうから、あやめさん、お願いしますって、そう言ったのよ、あの子達」

 「…皆がそんなことを?」


 予想もしていなかった言葉だった。

 彼女達が自分を心配してくれている?

 そんな事、まるで気づいていなかった。

 いつのまにか彼女達との距離は、こんなにも縮まっていたのだ。感激に胸が塞がるような思いだった。

 花組の隊長で良かったと心からそう思った。


 「まだずっと先のことだと思っていました」

 「なにが?」


 震える声の大神励ますようにあやめが先を促す。


 「皆にそんなふうに思ってもらえること。自分はまだ名ばかりの隊長だとおもっていましたから」

 「そんなふうに思っていたのはあなただけよ、大神君。皆あなたのことを認めているわ。もちろん、私も含めて」


 そう言ってあやめは微笑んだ。

 胸が一杯になって大神はそっと下を向く。

 この時大神は、自分が今までどれほど気を張り詰めていたかにやっと気がついた。

 思わずまぶたが熱くなる。


 まずいーそう思ったときにはもう遅かった。

 透明な液体が頬をつたってこぼれ落ちる。


 「やだな。これでやっとスタート地点だって言うのに、なんで、俺…」


 慌ててゴシゴシと顔を擦るが、そう簡単には止まってくれない。


 (よりにもよってあやめさんの目の前で…)


 穴があったら入りたいとはまさにこういう時のことを言うのだろう。

 自分の余りの情けなさと恥ずかしさに大神は耳まで真っ赤にして俯いた。

 きっと呆れているだろうと思うと恐くて顔もあげられない。

 あやめのー好きな人の前ではこんなにも自分は臆病になってしまう。

 敵を前にすればいくらでも勇敢になれるのに。


 「しっかりしなさい…」


 密やかな笑いを含んだ声。

 ゆっくりと彼女の気配が近付くのを感じる。いつものように励ましてくれるつもりなのだ。

 ぎゅっと目を閉じたままその瞬間が訪れるのを待つ。

 彼女の励ましはいつだって自分に力を与えてくれるから。


 「…大神君」


 その声とほとんど同時に額ではなく頬に柔らかな感触。

 フワリと甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 それはほんの一瞬のことだった。

 掠めるように触れた唇に驚き、大神は目を見開いてあやめを見た。


 「あ、あやめさん…」


 何よりも愛おしいその名を呆然と唇に乗せる。頬が熱く胸が痛かった。

 忍ぶはずの思いが、今にも堰を切って溢れ出そうになる。

 手を伸ばせば届く距離にあやめを見ながら大神は、彼女を抱き寄せたいと言う衝動を必死の思いで堪えた。

 あやめが微笑む。優しく柔らかく包み込むように。そして言った。


 「少しは元気が出たかしら?大神君」


 伸ばされた指先が大神の頬に、そっと……触れる。


 ー思いが溢れた。


 止める間もなく体が動き、あやめの体を強く強く抱き締めた。

 息が止まるくらい強く。

 隊長としての任務も責任も、今は心にはなかった。ただ愛しさだけが今にも溢れそうなほどに胸を満たしていた。


 「…大神君」


 耳もとに響く微かな声。さらに強くあやめの体を引き寄せてその耳元にそっと囁く。


 「あやめさん…自分は、いや俺は…」


 震える声で紡がれた言葉。

 あやめは息を飲んで大神の何か決意を秘めたような顔を見た。

 真剣な瞳が真直ぐにあやめを見つめていた。


 「俺は、あなたが好きです」


 二人の眼差しがからみ合う。

 寄り添いあう影と影。

 それは、ほんの束の間の蜜月の始まりだった。

 





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