maruの徒然雑記帳
恋夢幻想〜14〜
ー明日だ、大神。明日、我々は聖魔城へ突入する。
つい先ほど、聞いたばかりの米田指令の言葉を反芻しながら、大神は頼りない足取りで廊下を歩いていた。
あの日から一週間ーとうとう出撃命令が下されたのだ。
これからそのことを隊員のみんなに伝えにいく。
みんなはなんと言うだろうか。
きっとみんなも複雑な思いに悩まされることだろう。
あそこには葵叉丹と、そしてあやめがいる。
叉丹と相対すれば、その前にあやめが立ちふさがることは間違いない。
ー俺は彼女を敵と見なし、戦うことができるだろうか?
そう自分に自問する。答えは否だ。大神にはあやめを敵として切り捨てることなどできそうになかった。
自嘲の笑みを浮かべて大神は思う。
俺には隊長の資格などない、と。
隊長たるものは常に冷静に全ての状況を判断し、時には冷徹にことを対処することができなければならない。
正しい状況判断と正しい行動力、それらを兼ね備えてこそ一人前の隊長といえるだろう。
常日頃大神はそう思い、自分もそうであろうと努力してきた。だがまだまだ努力が足りなかったようだ。
自分は未だに半人前で、あやめを敵と切り捨てることもできず、彼女を救う手だても何一つ良い考えが浮かばない。
(情けないな…。自分がこんなに情けない人間だとは思っても見なかった)
そんなふうに思い大神は苦く笑った。
そのときだった。不意に後ろからぱたぱたと、誰かがかけてくる足音。
なんだろうと振り返ると女の子が一人、こちらにかけてくるのが見えた。
女の子と呼ぶのは少し失礼だろうか。童顔であるとはいえ、彼女もれっきとした乙女である。
名前を高村椿という。
普段は売店の売り子をしている彼女だが、劇場が劇場として機能していない今、別の仕事に駆け回っているようだった。
そんな彼女が前にいる大神に気づいた。嬉しそうに破顔して、とてとてと大神の方へ近づいてくる。
「大神さん、ちょうどいいところに」
彼女はそう言って手に持ったメモ帳を開いた。
そしておもむろに尋ねる。
「買い出しにいくんですけど、何か買ってくるもの、ありますか?」
なるほどと、大神は納得する。
彼女が駆け回っていたのは買い出しの注文聞きのためだったのか、と。
少し考えて、大丈夫と言いかけた大神は、あることを思いついてはたと言葉を止めた。
そして思いついたそのままに口に上らせる。
「…酒を」
「えっ?」
ぽつりとつぶやくように漏れたその言葉を聞き取ることができなかったのか、椿が小首を傾げて聞き返す。
そんな彼女に聞こえるように、今度ははっきりと同じ言葉を繰り返した。
「酒を買ってきてもらえるかな」
今度はさすがに聞こえたようで、心得たとばかりに椿が頷く。
「お酒ですね。了解しました。米田支配人から頼まれたんですか?」
「え?あ、あぁ。……うん。そうなんだ」
反射的にそう答えていた。
色々と詮索されるのは面倒だったし、米田なら酒を買っても違和感はないだろうと思ってのことだった。
その考えは、どうやら的を射ていたようで、椿は納得したように再び頷き、メモを取りだして、どんな酒を買えばいいのかと尋ねてきた。
首をひねってしばし考える。
酒の種類など大神が知りようはずがない。米田支配人ならすらすらと答えられるのだろうが。
「強いのがいいかな。別に種類は何だっていいから」
「えっと、強いお酒ですね。わかりました」
しっかりとメモに書き留め、彼女はにっこりと微笑んだ。
じゃぁ、行って来ます、と頭を下げ、また忙しそうに彼女は廊下を走っていく。
「気をつけてね」
そう声をかけ、小さな背中を見送ると廊下にまた静寂が訪れた。
とたんに明日の任務のことが頭の中に浮かび上がってくる。
明日は大変な一日になるーそんなことを思い大神は小さくため息をもらした。
ここ連日の不眠のためにしょぼつく目をこすりながら、
(今夜は酒をあおって無理にでも寝てしまおう)
と心に決める。
酒を一本あければいくら何でもーまぁこころよいとはいいがたいだろうがー今までご無沙汰だった眠気も訪れてくれるだろう。
不快な夢を見ることなく、ぐっすりと眠れるに違いない。
どんなに気が進まなかろうと、決戦は明日なのだ。
逃げるわけにはいかないーそう自分に言い聞かせ、大神はゆっくりと階段を上った。
下った命令をみんなに伝えるためにー。
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