maruの徒然雑記帳


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恋夢幻想〜12〜






 ーもしもの時はこの銃で私を撃って、大神君


 そう言って彼女は、俺に使い慣れた愛用の拳銃を託した。

 もしもの時なんてあるはずない、そう思っていた。

 そう、思っていたのに…なのに今俺の目の前に彼女がいる。三つの魔神器を手に持ってー。


 彼女の、進む先きにいるのは俺達の敵−葵叉丹。

 かつて、帝国陸軍対降魔部隊の一員にして人々の先頭になって戦い、彼女が…あやめさんが誰よりも愛した男。山崎真之介…。

 不気味なくらい紅い月の下、かつての恋人達の姿が鮮やかに浮かび上がる。

 二人の間に横たわる空間は、あとほんの数メートルにすぎない。


 「殺女」


 凍えるくらい冷たい声音で叉丹が彼女の名を呼ぶ。

 その声に促されるように彼女は一歩、また一歩と歩をすすめる。


 「だめだ、あやめさん!!」


 光武から身を乗り出し、たまらず叫ぶ。その瞬間、ぴたりとその歩みが止まった。

 ぎこちなく彼女が振り返る。

 その瞳が俺を認めた。


 「お・お・が・み・くん?」


 その唇が俺の名を紡ぎ、彼女の瞳に理性の色がともる。


 「わ、私、いったい何を…」


 呟き、はっとしたように自らが手にするものを見た。

 それだけで彼女は全てを悟ったようだった。


 「はやくこっちへ」


 身をのりだし叫んだ。

 頷き、かけてくる彼女に手を伸ばした時、


 「殺女」


 叉丹が再び彼女を呼んだ。

 その声が、彼女を呪縛する。

 彼女はぴたりと足をとめ、苦しそうに顔をゆがめた。


 「あやめさんっ!」


 名前を呼んだ俺を彼女の目が捕らえる。

 その瞳が何かに迷うかのように揺れていた。言おうか言うまいか、どうしようかと。


 「殺女。何をしている。早く来い。私のもとへ。無駄な努力はやめることだ」


 叉丹のその言葉に、あやめさんは何かを決心したようだった。

 俺を見つめるその瞳から迷いが消えー彼女は俺に向かって叫んだ。

 残酷な、その言葉をー


 「大神君、私を撃ちなさい!」

 「っ!!」


 息をのみ、彼女を見つめた。

 俺があやめさんを撃つ?悪い冗談だ。そんな事できるはずがない。だけど…

 唇を噛み、彼女の手にある魔神器を見る。


 ーあれだけはやつに渡すわけには行かない。でもあやめさんを撃つ事も、俺にはできない。どうしたらいいんだろう。どうしたら…


 混乱したまま、彼女に託された銃に目を落とす。答えをくれる人はいない。

 花組の皆はきっと俺以上に困惑している事だろう。

 彼女達にこの答えを求めるわけにはいかない。俺はこの花組の隊長なのだから。


 「大神君!お願い、撃って!!私が私でいる内に」


 悲鳴のような彼女の声が耳をうつ。

 顔をあげて彼女を見た。


 (もしもの時はこの銃で私を…)


 彼女の言葉を思い出す。

 そんな事はできないと言った俺に彼女は言ったのだ。

 備えあれば憂い無しでしょ、と冗談めかしていった後−どうせ撃たれるならあなたに撃たれたいと、真剣な眼差しで。


 (あやめさん…)


 俺は彼女を見る。

 彼女もまた俺を見つめていた。

 彼女から視線をはなさずに、俺はゆっくりと拳銃を構え−その銃口を彼女に据えた。

 不思議と狙いを定める手に震えはなかった。

 光武の通信機からみんなの声が聞こえてくる。

 黙っていてくれー俺は思う。今は誰の言葉も聞きたくない。


 「あやめさん…」


 何より愛しいその名を唇に乗せる。

 彼女の瞳が俺を促す。

 俺はゆっくりと指に力を込めた。

 彼女に伝えたい事があったような気がした。

 でも、それがなんなのか思い出せないまま俺は、ゆっくりと引き金を引いていた。


 銃声が大きく響き渡り、瞬間、彼女がほほえむのを俺は確かにみた。

 だがそれをもう一度確かめる間もなく彼女は力を失った人形のように静かに崩れ落ちた。

 その時、俺は思い出した。彼女に言いたかった事。


 ー愛している

 ー死なないで

 ーずっとー俺のそばにいて…


 俺は泣きたいような気持ちで手の中の銃を見た。

 今さら思い出したってもう遅い。

 彼女は死んだ。

 俺が……殺した。

 この拳銃で。


 言えば良かったんだ、ただ。

 あなたに死んでほしくない。きっと助けるから諦めないで俺を信じてほしいと、ただ、言えば良かった。

 魔神器なんかよりもあなたが大事なのだと、そう、言えば良かった。


 だが俺はその言葉を言う事なく彼女を撃った。

 撃ち殺した。この手で……彼女を抱き締め、愛しんだ、俺自身の手で。


 彼女と魔神器を回収しなくてはーまるで収集のつかない頭の中でそんな事を思う。

 こんな時でも魔神器の事から頭が離れない自分は最低の人間だと、そう、思った。

 ふらつく体で光武から降りようとしたその時、叉丹の声が響いた。


 「大神一郎。お前のその冷静な判断、迅速な行動、そして勇気−ほめてやろう。だが…」


 冷たい笑いを含んだ声が俺の耳をうつ。

 やつは確かな足取りでゆっくりと彼女の方へ近付いていく。


 ーいけない


 光武から降り、彼女に向かって走りながら俺は叫んだ。


 「やめろっ!」


 奴は力のぬけたあやめさんの体を抱き上げーそして言った。


 「全ては手後れだ。もう、誰にも止める事はできない。お前のした事は無駄な事だった。残念ながらな」


 楽しくて仕方がないとでも言うように奴が笑った。まるで俺をあざ笑うかのように。

 そして、俺から目を離す事なく自分の唇をゆっくりと彼女のそれに重ね合わせた。

 新たな命を彼女の中に吹き込むかのように。


 ほんの一瞬の間の出来事だった。


 閉じていたはずの彼女の瞳が見開かれーそれとほぼ同時にその姿は黒いもやの向こうに消えて無くなる。

 そして次に現れた時にはもう、彼女は以前の彼女ではなくなっていた。

 黒い装束に身を包み、不適に笑い、俺を見つめる女性。


 「あやめさん…?」

 「あなたの知るあやめは死んだわ。大神一郎、あなたの放った銃弾で」


 呆然とその名を呼ぶ俺に向かって彼女はそう言い放つ。

 俺を見るその瞳に以前の優しさはかけらもない。

 あるのは冷たい拒絶。

 いや、ただ単に無関心なだけなのかも知れない。

 彼女の目に俺の存在など映ってはいなかった。彼女の心にあるのはー


 「私の名は殺女。叉丹様の忠実な僕にして最強の降魔」


 彼女の瞳が寄り添い立つ自らの主人を見つめる。

 何よりも大事なものを見つめるかのように。

 そんな彼女を見た時俺の中で何かが弾けた。

 もしかしたらそれは憎悪とか、あるいは嫉妬と呼ばれる感情だったのかも知れない。

 だがそんなことを考えているまもなく俺は、ほとばしる激情のままに剣を抜き放っていた。

 そしてそのまま叉丹の元へ切り込んでいこうとした。それがどんなに危険なことか、たぶんわかってはいたんだろうと思う。

 しかしそんなことは俺を退きとどめるのに何の役にも立たなかった。

 俺を引き留めたのは突然響いたマリアの声だった。


 「待って下さい!隊長」


 振り向いた俺の視界に入ったマリアはとても真剣な顔をしていた。

 いったいいつ光武から降りていたのだろう。

 自分の光武を離れたマリアは俺のすぐそばまできていた。


 「無茶なことはやめてください」


 そういってマリアは俺の手を取る。

 剣を握りしめた俺の利き腕を。


 「−離してくれ、マリア」


 俺の言葉にマリアは頭を振る。


 「駄目です。退きましょう、隊長。これ以上は危険です」

 「マリア…」


 この上もなく真摯な眼差しで、マリアは俺を見つめていた。その眼差しにあらがうことはできそうになかった。

 力無く頷き、俺は言った。


 「わかったよ、マリア。今は退こう」


 そしてあやめさんを振り仰ぐ。

 彼女は冷たく俺を見下ろしていた。


 「逃げるのか、大神一郎」


 嘲るような叉丹の声。唇をかみ無言で奴の顔を睨みつけた。

 そんな俺の様子に不安になったのか、マリアの手に力が入ったのを感じて、俺はマリアを振り返る。

 心配そうな表情のマリアにそっと微笑みかけた。

 俺は大丈夫だよと、そんな思いを込めて。


 「−まぁ、いい。今回は見逃してやろう。次にまみえるときには、大神一郎、お前にさらなる地獄を見せてやる。首を洗って待つがいい」


 そう言って奴は笑った。

 そしてそのまま俺に背を向けーふいに虚空にかき消すように消えた。

 叉丹に続き、あやめさんもが俺に背を向け去ろうとしたとき、たまらずに俺は彼女の名を呼んだ。


 「あやめさん!!」


 彼女の肩がかすかに揺れ、足が止まる。


 「あやめさん……」


 もう一度呼んだ。

 俺を見てーと声に出さない思いに、彼女が答えることはなかった。

 振り向くことをせずに、彼女もまた、静かに虚空へと消えた。


 俺は言葉もなく立ちつくす。

 力の抜けた手の中から握ったままの剣が抜け落ち、下に落ちて乾いた音を立てた。

 マリアは俺の手をつかんだまま、気がかりそうに俺をみている。

 俺はその目を見返す気力もなくーだが今は、ふれあったその手のぬくもりだけが、ただありがたかった。






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