maruの徒然雑記帳
龍は暁に啼く
第六章 第一話
祭りの準備は着々と進んでいた。
祭りまであと数日。祭りの市で商いをしようと商人達も続々と集まってきていたが、彼らの間である噂が囁かれていた。
人が、消えるのだ。
しかもそれは商いを商売とするものだけだという。
実際に知り合いがいなくなったと話す者もいれば、噂でしか知らない者もいる。大丈夫だと笑い飛ばす者、不安な面持ちで帰還を検討する者……彼らの反応は様々だ。
しかし、祭りを運営する側としては好ましくない状況だった。
しかも、それはただの噂ではなく実際に人が消えているのだからたちが悪い。
もちろん対策は講じている。
しかし、原因も犯人もまだ突き止めるには至って居なかった。
村長も祭りの実行役達も、頭を抱えていた。
実際に、祭りを待たずに村を離れる商人もちらほらと出てきている。
商人の居ない祭りでは何とも味気ない。
これ以上の流出を防ぐ為にも、どうにかして商人達の気持ちを盛り上げ、不安から目を反らしてもらう必要があった。
しかし、具体的にどうすればいいのか……。
その日も彼らは顔を突き合わせてうんうんうなっていた。いいアイデアというものは、欲しい時に限って中々出てこないものなのだ。
「 宴……なんていうのはどうでしょうか?」
実行役の中で、比較的年若い男がおずおずと意見を出した。
「宴?」
「ええ。祭りの前祝という事で、少々派手に。もちろん費用は我々もちで、商人の方々を招待するんです。余興を旅芸人の一座の皆さんにお願いしてもいいですし」
何のアイデアも無かった中、その意見はとてもいい提案の様に思えた。
村長はしばし考え、祭りの会計担当に話をふる。
彼もまた、しばらく考えてから大きく頷いた。
幸い祭りの資金には余裕がある。宴を設けることは不可能な話ではなかった。
その意見を受けた上で、村長は他の実行役達の顔を見回す。
「宴の費用は何とかなりそうだ。みなの意見はどうだ?反対の者はいるか?」
問いかけ、意見を待つ。
だが反対の声は上がらず、みなが口々に賛成の声をあげた。
「よし。では、宴は行う事としよう。準備などの細かい打ち合わせは午後に行う事とする。ガレスだけ残ってくれるか?他の者は解散でいい」
村長の声を合図に、男達はぞろぞろと部屋を出ていった。
後に残ったのは村長と、村の警備隊長を務める男だけ。
30歳を少し超えたくらいだろうか。よく鍛えられた、たくましい体の男だった。
「……昨日も、一人行方が分からなくなったそうだな」
ひそめた声で問う。男は頷き、
「はい。出先から戻ってくる途中だったようです。約束の時間になっても戻らない為、家人が探しにでたようですが、見つからなかったようです」
「そうか。参ったな。これで何人目だ?」
「我々の把握している範囲であれば、今回で3人目です」
「3人目か。犯人の目星はまだつかないのか?」
「はい。商人である事を除けば、それほど共通点も無く……」
額をおさえて天井を仰ぐ。まったく、頭の痛い事態だった。
「……わかった。引き続き犯人探しと警備を頼む。警戒を強めてくれ。若い人手が必要なら手配する」
「はっ。他の者と打ち合わせをして、必要であればご連絡します」
生真面目に答える男に頷きで返して、退出の許可を与えた。
男は一礼し、速足で部屋を出ていった。
この後は村の自警団のメンバーと打ち合わせをするのだろう。事件続きで彼らも大変なはずだ。
一つ溜息をつき、村長はふと思いついたようにベルを鳴らした。すぐさま部屋のドアをノックする音。
入室の許可をすると、屋敷の執事が入ってきた。
「お呼びでしょうか、旦那様」
「大したことじゃないんだが、もし雷砂を見かけたら、私の所へ来るように言ってくれないか?出来ればなるべく多くの者にそう伝えておいて欲しいのだ。面倒な事を頼んで悪いが……」
「かしこまりました。では、そうですね。メイドのアニスが今日は買い物に出ると言っていましたので、村の皆様へそう伝えるように言っておきましょう」
「すまんな。頼んだぞ」
「はい。ところで旦那様、朝食はどうされますか?お嬢様とご一緒に?」
「ああ。出来れば。あれはもう起きたかな?元気そうにしているか?」
昨日、大変な目にあった娘の事を思い、顔を曇らせる。
「ええ。もう起きて身支度はお済ませになられたようです。お元気そうな様子だと、アニスは申しておりましたが」
「そうか。ならば朝食の席で様子を見てみることにしよう。下がってくれ。書類をかたずけたら私もすぐに食堂へ向かう」
「かしこまりました」
深々とお辞儀をしてから出ていく背中を見送って、再び息をつく。
娘に何事も無くて本当に良かった。とりあえずは元気に目覚めたようだから一安心だ。
気になる事や対処しなくてはいけない事はまだ山ほどあるが、とりあえずは腹ごしらえだ。
大きく伸びをして強張った体をほぐし、立ち上がる。
そして愛しい娘の元気な顔を見るのが待ちきれないとばかりに、彼は速足で食堂へと急ぐのだった。
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