maruの徒然雑記帳


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龍は暁に啼く


第五章 第十五話






 心地いい温度のお湯にゆったりとつかりながら、少年に違いないと思い込んでいた相手は気持ちよさそうに目を閉じて生まれて初めてのお風呂を楽しんでいる。

 なんでも今までは川で水浴びをする事がほとんどで、真冬の間だけ沸かした湯を使って体を拭いたり流したりしていたのだという。

 彼女が育った獣人族の集落にはこのような浴場は無く、この村にもある共同浴場も利用したことは無いらしい。


 確かに入浴は贅沢な習慣だ。

 今時は大体どこの宿にも浴室はあるが、無料で使用できるところはまず無く、共同浴場の使用料金も決して安い訳ではない。


 セイラとて、女だからこうして贅沢に入浴を楽しむことが出来るが、同じ一座の仲間でも男連中が湯を使えるのは公演の前日や、女の客から特別に借り出された時くらいだろう。

 座長の方針で女はいつも身綺麗にする事が義務付けられているのだ。


 理由は一つ。

 女がきちんと華やかで清潔に装っていれば、それほど美しい女でなくとも男より格段に稼ぎが上がるから。

 何も単純に身体を売るという意味ではない。

 もちろん、一番に売れるのも売りたいのも芸事だ。

 身に着け磨いたそれぞれの特技を売って金を稼ぐ事が何より健全で望ましい。


 特に今回の様に祭りに呼ばれ、芸を披露することは一番うれしい形だった。

 一座全体で大きく稼げるし、健全で華やかだ。大きな祭りに呼ばれれば一座の名も上がる。


 だが、そう言った稼ぎばかりではない。

 酒宴の余興や貴族連中の道楽に呼ばれることも多かった。

 余興に呼ばれたはずが、酒の酌まで求められる事など日常茶飯事。更にエスカレートすれば、夜の相手に呼ばれる事もある。


 だが、これに関しては、よほどの事がない限り、座長がしっかり断ってくれる。

 それでもどうにもならない時、そんな時は運が悪かったと、諦めるしかないのだけれど。


 (まぁ、なんていうか、やくざな商売よねぇ)


 浴室の天井を見上げながらそんな事を思う。

 だが、セイラはこの商売が好きだった。一座の皆はもう家族の様なものだし、一所に落ち着かない旅から旅への生活も悪くない。

 いつまで続けるか、続けていけるのかーそんな事はまだわからないが、出来るだけ長く、一座にとどまっていたいと考えていた。妹のリインと一緒に。


 「なに、考えてるの?」

 「ん〜〜〜色々と」


 妹に問われ、微笑む。

 隣で湯につかる妹は、少し不満そうだ。

 大好きな姉が黙って考え事をしていたせいで少しつまらなかったのだろう。

 大きくなっても甘えたがりな所は変わらない。

 双子なのに自分が年上に思えるのはこんな時だ。

 だがセイラは、妹のこうしたわかりにくい甘え方が可愛くて仕方がなかった。


 もう、可愛いんだからーと横から抱きついたら暑苦しいと追い払われ、しょんぼり肩を落とす。

 ちぇ〜っと思いながら前を向くと、今度はくすくす笑う雷砂と目があった。

 不思議なことに、女の子と言われてみればそうとしか見えない。さっきまでは少年だと信じていたのに。


 「仲良いね」

 「まあね。二人きりの、家族だし」

 「そっか。そうだな」


 雷砂は?−そう聞き返そうとして少しだけ躊躇する。

 彼女は獣人族の集落に育ったという。

 そうなのだとしたら、彼女の両親はどうしたのだろう。家族と呼べる人はいるのだろうか。

 どこまで踏み込んでいいのだろうと考えていると、不意に雷砂が立ち上がった。

 見上げてみると、頬が上気して赤い。


 「のぼせちゃった?」

 「うん。もう熱いからから出る」

 「じゃあ、出る前に髪を洗わせて。綺麗にしてあげる」


 そう言いながら立ち上がる。ちらりと妹を見ると、彼女はまだ涼しい顔だ。

 リインは長湯が好きなのだ。


 「髪?さっき湯で流したし、もうこれで十分だけど……」

 「だーめ。お姉さんのいう事聞きなさい」


 駄々をこねる雷砂を座らせて、髪を泡立てる。

 優しく指を通すと、雷砂は気持ちよさそうに小さく唸る。

 そんな様子が可愛くて、自分の髪を洗うよりも丁寧に時間をかけた。


 「雷砂、今日は私の部屋に泊まってね?」


 仕上げの香油を髪になじませながらそう話しかける。

 少女は少し躊躇したようだった。

 だが、どうしてもとお願いすると、少女は大人っぽく苦笑して結局は頷いてくれたのだった。




 そして、夜。

 一緒のベッドに横になりながら、セイラは自分の生い立ちの話をした。

 妹と自分の今までの人生を。

 そして、小さな声でそっと尋ねる。雷砂は?−と。


 本当は彼女の事が知りたかったのだ。

 だが、自分の事は隠して、彼女の事ばかり根掘り葉掘り聞くのは嫌だった。

 だから、まずは自分の事から話した。


 言いたくなければ言わなくてもいいのよ?−そう伝えると、雷砂は微笑んで答えた。セイラにならーと。


 そうして彼女は語る。静かな声で、だが時に愛おしそうな表情で。

 その声を聞いているだけで、彼女の生きてきた時間が幸せなものだったのだと伝わってきた。


 物語は続く。

 セイラはちっとも眠くなかった。

 雷砂も眠そうな素振りを見せず、ゆったりとした口調で語り続けた。


 静かに、静かに夜は更けていく。


 まるで小さな子供に戻り、両親の語る寝物語に耳を傾けているような、そんな穏やかな心地でセイラはひたすら雷砂の声に耳を傾け続けた。


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