maruの徒然雑記帳


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龍は暁に啼く


第五章 第十四話






 案内された部屋は湯気で煙っていた。

 手を引かれ促されるも、雷砂は躊躇して足を止める。

 警戒したまま匂いを嗅いでみる。嫌な臭いはしない。むしろいい匂いだ。

 危険な感じはしないが、なんだか嫌な予感がした。


 「……入って?」


 小首を傾げて促される。

 その様子が小動物の様で愛らしく、何となく断りにくい雰囲気だ。


 「早く入らないと湯気、逃げちゃう。怒られるよ?」


 だから早くしてと手を引かれる。

 怒るのはきっとセイラだろう。自分が怒られるのも嫌だが、彼女が怒られるのも可愛そうだ。

 覚悟を決め歩き出そうとした時、湯気の向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 「リイン?それともエマ?どっちでもいいけど、入るなら早く入ってきなさいよ。お風呂、気持ちいいわよ」

 「私。今、行く」


 そう答えた彼女に少し強く手を引かれ、とうとう湯気の中に引き込まれてしまった。

 雷砂が逃げそうにないのを確認してから手を離し、浴室のドアを閉めに行く、セイラより少し小柄な背中を見送る。

 彼女がセイラの双子の妹なことは間違いないだろう。

 なんといっても顔がセイラにそっくりだし、髪も瞳も聞いていた通りの色彩だ。

 名前は確か……


 「リイン?」


 そっと呼びかけてみる。振り向いた彼女は少し嬉しそうに微笑んでいた。


 「……セイラに聞いたの?」

 「うん。はじめまして、リイン。オレは……」

 「雷砂、でしょ?」


 言い当てられてにこりと笑い、さっきのリインと同じ言葉を返す。


 「セイラに聞いた?」

 「そう。だから、迎えに行ったの」


 そう言われ、雷砂は目を丸くした。

 今の今まで、リインがあそこに来たのは偶然だと思っていた。

 だが、今の言い方からすると、どうやらわざわざ迎えに来てくれたらしい。

 でも、なんでわかったんだろうと、内心首を傾げていると、リインは再び雷砂の手を取って部屋の隅に導きながら、


 「あなたは、他の人より気配が強いから」


 と答えになるのかならないのか微妙な答えを返してきた。

 どういう事かと問いかけようと口を開きかけた時、急に彼女が服を脱ぎ始めて度肝を抜かれた。

 ゆったりした雰囲気に反して、彼女の動作は素早かった。

 あっという間に一糸まとわぬ姿になり、脱いだ服を籠にまとめた彼女は、今度はあなたの番とばかりに雷砂を見た。


 「脱いで」


 いきなりそう言われても、行動が付いていかない。

 目を丸くして固まっていると、まどろっこしいとばかりに手が伸びてきた。


 「うわっ。ちょっと」


 服をはぎ取られそうになり、思わず悲鳴が口をつく。

 すると、その声が聞こえたのだろう。つい立の向こうから、セイラの声が再び聞こえた。


 「リイン?なに騒いでるのよ?誰か一緒なの??」

 「セイラ、雷砂の服をはぐのを手伝って」

 「えっっ。雷砂?」


 ざばっと大きな水音を立て、誰かがこちらに来る気配。

 それはわかったものの、確かめる余裕はなく、必死にリインの手から逃げていると、不意に後ろから濡れた腕が伸びてきた。

 有無を言わさずに抱き寄せられ、柔らかな体に包まれる。


 「セ、セイラ?」


 石鹸やら香料の匂いで彼女の匂いはわかりにくく、後ろから抱きしめられては顔が見えない。

 だが、さっきから声は聞こえていたし、こんな事をするのは彼女しかいないだろうと辺りをつけて声をかける。

 返事はしばらく帰ってこなかった。

 だが、きつく回された彼女の腕が、心配していたのだと訴えていた。


 「遅くなってごめん。心配かけて」


 そう謝ると、彼女の腕の力がほんのりゆるんだ。


 「ほんと、心配してたんだからね。お友達は大丈夫だったの?」

 「うん。ケガ一つない」

 「もちろん、あなたもよね?」

 「大丈夫。危ない事はなかったよ」

 「そう、良かった」


 安心したように吐息を漏らし、体を離してくれるかと思いきや、雷砂の体を抱きしめてその頭に顎を乗せたまま動かない。

 心配をかけたのだからと、しばらくは我慢した。

 幸い目の前のリインも服を脱がすのを諦めたかのようにじっとしていてくれたから。

 だが、いつまでたっても動き出そうとしないセイラを促すように、


 「セイラ、もう離してもらってもいい?」


 そう言ったとたん、事態は急変した。


 「え、ああ、そうね」

 「だめっ」


 姉妹の声が重なる。


 「だめって……どうして??」

 「そのまま捕まえてて」


 再び声が重なり、とりあえず妹の言うとおりにしようと考えたのだろう。

 セイラの腕に少し力が入る。

 まずいと思ったが、女性相手に思い切り暴れる訳にもいかない。雷砂は観念して体の力を抜いた。

 そんな雷砂の様子を見て取って、リインは蒼い瞳を猫の様に細めて笑った。


 「雷砂、いい子」


 そんな言葉で褒めて、抵抗をしなくなった雷砂の体から遠慮なく服を剥ぎ取り出した。

 そして……


 「あれ?」

 「ん?どうしたの、リイン」


 首を傾げた妹に、雷砂の後ろからセイラが声をかける。


 「セイラ、確かこの子、男の子って」

 「あー、うん。そう言ったわよ。滅多に見られないくらい極上の可愛くて綺麗な男の子だって」


 2人のやり取りを聞きながら、良く受ける誤解に諦めたような苦笑い。


 「あー……なるほど」

 「それ、間違い」


 雷砂とリイン、2人の声が重なる。


 「んーっと。どういう事??」


 目を丸くして問い返すセイラ。


 「よく間違えられるけど、オレ、女なんだ」

 「男の子みたいだけど、この子、女の子」


 再び、2人の声がユニゾンした。


 「ふえっ?」


 突然の告白に頭が付いてこないのか、気の抜けた声をあげて固まったセイラの腕を優しくほどき、雷砂は自由になった身でくるりと振り向いた。

 一糸まとわぬその姿は細く頼りないが、しなやかな筋肉がきちんとついている。

 胸……はまだ成長が見られず男女の別をつけるには役不足だが、少年であればあるはずのモノがどう探しても無かった。

 菫色の目が、雷砂の顔と体を忙しく行き来し、そして。


 「ほら、女だろ?」  「えええーーーーーーーーー!!!!」


 雷砂はにっこり笑い、セイラの驚きの悲鳴が浴室に響き渡った。

 後にジェドがしみじみと語ったものだ。

 あん時は誰かが殺されそうになってると思って本気で焦ったぜ……と。


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