maruの徒然雑記帳
龍は暁に啼く
第五章 第十三話
もうすっかりと日が落ちて、辺りは暗闇に包まれていた。
宿の窓から漏れる薄明りを見上げながら、雷砂はどうしたものかと思案していた。
昼間の別れ際、彼女の元に帰ると約束したのは事実。
しかし、キアルを家に送った後、再び村長の元へ戻り色々と話し込んでいたらすっかり遅くなってしまった。
はっと気が付いた時にはもう、太陽は西の山に半ば隠れてしまっていた。
慌てて村長の家を出て、彼女達旅芸人の一座が泊まる宿へ来てみたものの、太陽は完全に山に隠れてしまっていた。
果たしてこんな時間に訪ねてもいいものだろうか、と首を傾げる。
明日の朝にしようかとも思うが、それはそれで彼女に怒られそうな気もする。
さてどうしたものかと、腕を組んで考え込んでいると、近づいてくる人の気配に気が付いた。
顔を上げ、村外れの方からこちらに来る人影を迎える。
「こんな遅い時間までどうしたの?」
微笑み、見知った顔に声をかけた。
あちらはどうやら雷砂の存在に気づいていなかったようだ。突然聞こえた声に驚いたように足を止め、こちらを見ている様子が窺えた。
「ん〜??雷砂、か?」
「そうだよ」
答えて、近づいてきた男の顔を見上げた。
ジェドは呆れたように雷砂の顔を見下ろして、
「お前こそ、どうしたんだよ?こんな時間に。子供はもう寝る時間、だろ?」
そう問いかけた。
「うん……用事が終わったら会いに来るってセイラと約束してたんだけど、遅くなっちゃって。明日、出直そうとも思ったんだけど……」
困ったように頭をかき、宿を見上げ、
「心配してると悪いしなぁ」
そう言ってうーんと唸る。ジェドもつられて宿の窓を見上げながら、
「ん〜〜。そういう事ならいいんじゃねぇか?顔見せてやれよ。喜ぶぜ、あのねーちゃん」
「そうかな?」
「おう」
「そっか。じゃあ、そうしようかな。ジェド、セイラの部屋まで連れてってくれる?」
「いいぜ」
にやりと笑い、宿の入口へ向かう。少し後ろを歩く雷砂を見やり、
「あのババア、やけにお前の事を気に入ってるからなぁ。喰われねぇように気を付けろよ」
「喰われるって??」
「んあ?んなの決まってんだろ。部屋に引き込まれてあーんなことやこーんなことを……」
脅かすように綺麗な顔を覗き込む。
何もわからず、きょとんとした表情がまた年相応で可愛らしかった。普段大人びているから尚更に。
そうやって雷砂と話すことに夢中になっていたから気が付かなかった。背後から近づいてくる足音に。
当然ながら雷砂はその軽やかな足音に気づき、青年の背後にちらりと目線を送って目を丸くする。
「下らない話、してると、怒られる。セイラに」
涼やかな、耳に心地いい声。聖良の声より少し音程の高い、綺麗な声。
その顔は、セイラによく似ていた。
ただ、色彩だけが違う。
銀色の長い髪に、瞳は硬質な蒼い輝き。
綺麗だと思った。素直に、心から。セイラの美しさを太陽に例えると、彼女の美しさはさながら月の輝き。
「うおっ!?リイン。急に声かけんなよ。びっくりするじゃねぇか」
文句を言う青年を無視して、彼女は雷砂ににこりと笑いかけた。
とっさに反応出来ずにいると、ほっそりとした手が伸びてきて、雷砂の手をとった。
「行こ」
「……うん。セイラのところ、だよね?」
「そう」
「わかった」
笑い返し、彼女の手を握った。
彼女から悪意は感じない。行く先も雷砂が目指していた場所だ。ならば、彼女について行っても不都合はないだろう。
あっという間に雷砂をかっさらわれ、ぽかんとしているジェドを振り返って、雷砂はにこやかに手を振った。
「そんな訳だから。じゃあ、またね。ジェド」
「なんだぁ、そりゃあ」
二人の背中が宿に吸い込まれるのを見送りながら、短い髪を掻き毟る。
小さく溜息をつき、宙を見上げると、すっかり暗くなった空には綺麗な月が浮かんでいた。
「あーあ。俺ももう寝るかぁ」
一人呟き、明かりが灯る扉へ歩き出した。
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