maruの徒然雑記帳


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龍は暁に啼く


第三章 第三話






 「嘘はついとらんものの、胸が痛むのう」


 わざとらしい言葉に、これ見よがしのため息。

 ちらりと横目で見てくる老爺の眼差しから彼の言いたいことを読み取って、雷砂は苦笑を浮かべる。

 そう、嘘はついていない。

 客観的に見れば、そう遠くには行っていないという老師の言葉を少女が勘違いしただけの事。


 だが、昔からミルファーシカを猫可愛がりしている彼としては、非常に後味の悪い思いをしている事だろうとは思う。

 いつもであれば、年下の友人の気が済むまで共に過ごす時間を取ってやるのだが、今日はどうしても早く取引を終えて帰らなければならなかった。

 だからどうしても彼女に見つかるわけには行かなかったのだ。


 正直に事情を話せば理解してくれたかもしれないが、ミルは何故だか雷砂の養い親に対抗意識を抱いている。

 そう考えると、雷砂がシンファの見送りに間に合うように開放してくれるかどうか、はっきり行って微妙だった。

 だから、雷砂は馴染みの薬師に頭を下げたのだ。

 ミルファーシカ撃退に協力してほしいと。


 サイ・クーとて快諾とはいかないものの、納得して協力してくれたはずなのだが、あまりに素直な少女の反応に罪悪感がわいたのだろう。

 ぐちぐちと、まだ何やら呟いている。はっきりと耳に届く音声で。

 そんな中々やまない聞こえよがしの嫌味に、雷砂は大人びた苦笑を返した。


 「オレの事情は分かってるだろ?ミルに会うのが嫌なわけじゃないさ。

 ただ、あの子がいると商談にならないし、そうなると予定した通りに里へ戻れなくなる。

 それじゃ困るんだ。今日は無理だけど、近いうちに必ず時間を作って会いに行く。約束する。それでいいだろ?サイ爺」

 「仕様が無いのう。まぁ、ええわい。さて、今日は時間があまり無いんじゃったな。まずはお主の持ってきた薬草の代金じゃが……」

 「今日はいいよ。迷惑料だと思ってとっておいて。それより、いつもの薬草が欲しいんだけど、入ってきてる?そろそろ採取が始まっている地域もあるだろう?」

 「いつもの?……あぁ、あれか」


 サイ・クーはしばし考え込み、それからポンと手を打った。


 「毎度の事ながら、タイミングが良いのう。あの薬草なら今日入荷予定じゃ」


 その返答に、雷砂の顔がパッと輝く。


 「本当か!!!サイ爺、今すぐあるだけ売ってくれ!!少しくらい値が張っても構わないから」


 飛びつかんばかりの勢いで迫ると、彼は苦笑を浮かべてやんわりと少女の体を退けた。


 「待て待て。わしの話を良く聞かんか。入荷予定と言ったじゃろ?まだここには届いておらん。向かっている最中じゃ」

 「向かってる最中?」


 問い返すと、老人はよっこらせと立ち上がり、奥のほうから紙の束を取り出して持ってきた。


 「む……確かこの辺に。おぉ、これじゃ」


 束の中から一枚取り出すと、雷砂に差し出した。

 そこにはたどたどしい文字で、求めのあった薬草をそちらに向かう旅芸人の一座に託したという事と、

 商品を確認したら支払いを頼むというような内容の事が書かれていた。


 「数日前に知り合いの商人の伝え鳥が届けてくれた手紙じゃよ。

 手紙に書かれている旅芸人の一座は、今日この村に到着予定じゃから、じきに薬草も届くと思うがの。それまで、この爺の茶でも飲んで少し待て」

 「だけど……」


 焦れた様に身じろぎをするその様子に、サイ・クーは微笑んで更に言葉を継ぐ。


 「お主の見送りも待たずに出立してしまうようなお人では無かろう?ちと、落ち着け。退屈せんように、この爺が昔話をしてやるでのう」

 「昔話?サイ爺の??」


 ふと、興味を引かれた。

 サイ・クーとは短い付き合いではないが、彼の過去については一切知らない。

 知っているのは十数年前にこの村に旅人として訪れ、いつの間にか村唯一の薬師として居ついてしまったということだけ。

 以前、ミルファーシカの父親である村長にサイ・クーの事を聴く機会を得た事もあったが、村長ですら彼がこの村に来る以前の事は知らない様だった。


 彼の過去が気にならないと言えば嘘になる。

 だが、彼の過去がどうであれ、雷砂にとってのサイ・クーは信頼できる取引相手であり、相談相手でもあった。

 彼は己の学んだ事を出し惜しみせずに、困ったときはいつでも助けてくれた。

 雷砂は彼から薬草の知識を得て、薬草を採取し、糧を得る事を覚えた。

 ジルヴァンが病に倒れた時に、その病の進行を抑える薬草があることを教えてくれたのも彼だった。

 最初はどんな素性の人間か気になっていた。

 だが、それもいつの頃からか気にならなくなって、雷砂はこの飄々とした老人がとても好きになっていた。


 「どうじゃ?わしの昔話、聞いてみたいじゃろ?」


 ニヤリと笑った老人に、


 「聞きたい!!」


 そう答えて身を乗り出す。

 そんな少女の様子にサイ・クーは満足そうに笑って、そして語りだす。

 彼自身の物語。

 雷砂が想像もしていなかった内容の、懐かしい昔話を。

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